ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 悪魔の書 ( No.2 )
日時: 2009/10/05 15:44
名前: 葬儀屋 ◆cQaFbCAsNs (ID: 7uDpQ2OC)

 夕食を済ませた後、琉華は部屋に戻って電気をつけ、机に座って少女から貰った茶色い表紙の本と向き合っていた。

(う〜ん……何を書いてみようかなぁ……)

 本当に書いたことが現実となるのか、試しに本に自分の願いでも書こうとしたが、いざとなると中々思い浮かばない。鉛筆を右手に持って本に先をつけるが、それ以上手が進まない。
 実際、琉華には「今、これが欲しくて仕方ない」とか「彼氏が欲しい」とか、そんな願望はそれほど無かった。
 学校などで、友達とかが自分の無いものを持っているのを見ると、その時は「欲しいなあ」と思うこともあるが、家に帰った頃にはどうでもよくなってきていて、寧ろ「面白い本が読みたい」という願望の方が強まる。それを琉華は、中学時代から続けている。
 だが、琉華は今のところ本にも満足していて、正直欲しい本も思い浮かばなかった。

(しょうがない……お風呂にでも入って考えよ……)

 大きくため息をついて立ち上がり、琉華は部屋のタンスから替えの下着を取り出して、風呂へと向かった。


   *


 髪や体を一時間近くかけて洗い、髪をタオルで包んでから湯船に浸かりながらも、琉華はずっと本に書くことだけを考えていた。
 欲しい物……思い浮かべてみると色々あるのだが、すぐにぼやけて消えてしまう。それは、自分が本当に欲しい物ではない。本を使って、何か大きな事件を起こしてみるのも面白いとは思ったが、果たしてどんな事件を起こしたらいいものか、琉華には思いつかなかった。
 あれこれ考えているうちに、湯船に浸かってから一時間は経過した。たかがいたずらに、どうして悩んでまで考えなくちゃいけないの、と琉華はにわかに苛立ち始めた。
 同時に上せてきたので、湯船から上がってタオルで体を拭きながら、ぼんやりとした頭でふと思いついた。

(……そうだ! だったら……)

 思いついた途端、琉華のおぼろげだった思考回路は一気に回りだし、急いで体を拭き、洗面所で適当にドライヤーで髪を乾かすと、薄青いパジャマに着替えて部屋へと走っていく。
 そして、琉華は机の上の本にこう書いた。

『自分のベッドの上に、百万円が置いてある』

 具体的に書かないと効果が無いらしいので、まあこでもんな感じならもしかしたら起きるんじゃ……と、琉華は「まあ、そんなわけないか」とベッドを見ると——。

「……ウソぉ!?」

 本当に、百万円が札束で置かれていた。
 琉華は信じられなかった。こうして実際に起きてしまうと、ただただ驚くしかなかった。自分が置いたわけではないし、書く前は置いてなかったので他の人とは考えられない。
 だが、「そんなわけない」と琉華は信じきれず、また新たに書いてみた。今度は、ぱっと思い浮かんだ。

『今から明日の午前六時まで、雨が降り続ける』

 日時も指定し、これはどうだと琉華が窓の外を見ると————先程まで、少なくとも下校時には雲一つ無い快晴だったはずなのに、雨が降っていた。

「すごぉい! 何これ!」

 完全に信じ込んだ琉華は、面白くなって次々と起こしたいことを書き込んでいった。『自分の体重が十キロ減る』『机の上にチョコケーキ』『机の中に新しいPSP』など、まだ些細なことだが、琉華はどんどんと書き込んで、自らの願いを叶えていった。
 その間、ふと本をくれた少女のことを思い出した。なぜこんな便利な本を自分にくれたのか、琉華は色々と考えたが、「きっと、天使からの贈り物なんだ」という結論に達し、それ以上は考えなかった。
 しかし、十個くらい書いたところで、思い浮かばなくなってきた。本は別だが、それ以外のことにかんしてはあまり欲がない琉華に、今すぐ叶えたい願望というものが、ほとんどと言っていいほど無かった。今のだって、ただ面白くてやってみただけで、大して欲しいものでもない。

(う〜ん……まあ、まだページはいっぱいあるし……明日考えてもいいよね)

 ひとまず、今日は寝ることにした。本を閉じ、部屋の電気を消して、ベッドの中へと潜っていった。
 就寝時刻はいつもよりも早い、午後十時だった。


   *


 午前五時五十分。
 昨日、普段より早く寝たためか、琉華は早い時間に目を覚ましてしまった。
 起きたばかりでぼんやりする頭で、外から聞こえる雨の音を聞いた。それと同時に、琉華は体を起こしてベッドの傍のカーテンを開けて、外の様子を見た。太陽が雲に隠れていて暗く、勢い良く出したシャワーのような雨が降っていた。

(そういえば……六時まで降るんだっけ……)

 とりあえず、琉華は特にやることがないので一階の洗面所で顔を洗い、身だしなみを整える。
 その内に、聞こえてくる雨の音が段々と小さくなっていって、やがて全く聞こえなくなり、琉華の左にある窓からは眩しい朝日が差し込んできた。ちょうど、六時になったのだろうか。

「うわ、まぶっ……」

 思わず、目を細めてしまう琉華。
 身だしなみを整えたところで、部屋に戻って制服に着替える。その途中、ふと机の上の茶色い本が目に入った。

(どうせなら……学校は楽しいほうがいいよね)

 そう思い、琉華はブレザーを着てから茶色い本を開くと、ペン立てから一本、鉛筆を取り出して本に書き込んだ。

『今日、自分の学校に、背が高くて線の細い美男子が、転校生として来て自分のクラスに入る』

 うふふと笑いながら、琉華はこれからの学校生活を想像した。その男子と仲良くなれたらいいなとか、彼氏になったらいいなとか、いざとなったら本を使ってものにしてやろうかなとか……とにかく、色々考えた。
 その時だ。突如、周りに誰も居ないはずなのに、くすっという笑い声が聞こえてきた。声から察するに、小学生くらいの少女だろうか。
 琉華は驚き、部屋の中や窓の外を見渡すが、少女どころか人の姿さえない。

(気のせいかな?)

 そう思って、琉華は自分の空耳だと信じ、部屋を出ようとドアノブに手を掛けた瞬間。

「どうなっても、知らないからね」

 少女のような声で、今度ははっきりと聞こえた。気のせいじゃない、と確信した琉華は後ろを振り向くが、やはり人の姿はなかった。