ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: “Variant” ( No.8 )
- 日時: 2009/11/14 09:27
- 名前: 犬野ミケ (ID: 9Bqwph5S)
腹の底に響いて振動する、それでいて耳障りな音を聞き、穴掘りの作業に没頭していたルネは頭上を仰いだ。そして、深緑の瞳を大きく見開く。瞳には抑えきれない好奇心が渦巻いていた。
それは、ルネにとって夢のような話だった。
「凄い……!」
村の上空に堂々と浮かんでいたのは、巨大な飛行艇だった。巨大な船体は日光を遮り、これまた大きな影を落とす。
飛行艇、という表現は正しくないのかもしれない。あくまで形がそれに類似している、といっただけだ。また、飛行機という言葉にも当てはまらない。プロペラなどは一切見受けられず、ガスも噴射されていない。
全体的な形としては、舟形である。しかし、帆や帆柱は無く、代わりに大砲が備え付けられている。軍艦、鉄を鎧う巨大な兵器だった。
そんなプロペラもエンジンも持たない重い鉄の塊が浮くのには訳がある。
それは、船の腹の部分に大きく印されていた。
巨大な飛行艇の丸みを帯びた腹には、大きく黒々とした複雑な紋様が描かれている。線が交わりあい、絡み合いできた優美かつ繊細なその紋様こそが、飛行艇の動力源であった。紋様が物質に力を与えているのである。
その紋様はベルヴェルグと呼ばれるもので、元を辿ればヴェリェントから発見された技術だ。彼らの体には、必ず似たような痣が見られる。ベルヴェルグは個々の扱う能力に影響し、ベルヴェルグが違えば能力も違う。
しかし、ルネはそのような経緯を知らない。辺境の村で育った彼は、最新技術と呼ばれるものに酷く疎かった。彼の記憶では、火を起こすような些細なものしか、実際に起動したものしかなかった。
理由は、村のせいだけではないかもしれないが。
兎に角、ルネは飛行艇というものと知らなかった。その為、感想は『凄い』としか言いようがない。彼は飛行艇を夢中で見上げ、瞳にその姿を焼き付けようと目を凝らしていた。
「えッ……?」
そして、見つけた。次々と飛行艇から飛び出してくる影を。
ルネが驚いたのはそれだけではなかった。飛行艇から飛び出してきたいくつかの影は、重力に従って真下にいるルネの下へと急降下を始める。
猛スピードで落下してきた影達が地面にぶつかる、と思った瞬間、ルネは思わず目を強く瞑っていた。
だが、いつまでたっても肉と骨の潰れる音は聞こえてこない。何の音も、ルネの耳には入ってこなかった。
恐る恐る目を開くと、まず目に入ったのは黒い人型、頭から足先までを黒く統一した集団だった。黒尽くめの集団はルネの周りを輪を描くようにして囲んでおり、それぞれ黒く細長い円筒状のものを携えていた。皆一様に、円筒の先を真っ直ぐルネに向かって突きつけている。
ルネは世間知らずで、無知だ。今まで常に周りから隔絶された生活を送ってきた。その為、世情に著しく疎い。
故に、自分に向けられている物が銃であるという事も、そこから噴出された白い煙が催眠ガスだという事も、知る由が無かった。