ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 俺と世界の夢戦争〜Mind war〜 ( No.4 )
日時: 2009/11/20 11:43
名前: 十六夜 葉月 ◆Gl6JohbFiw (ID: A8w5Zasw)

war:2 思い出は鮮烈に(後編)

 あれから俺は雨が降ろうが台風で隣の家のアンテナやら犬小屋やら色々飛んで来ようが毎日彼女の元へ通った。その甲斐あって色々知る事が出来た。
 彼女の名前は神月 杏樹、でも本当の名前は壱礼比 杏樹(イチロヒ アンジュ)。今は神月グループに買収されてしまった壱礼比製薬の社長令嬢だったが、先月買収された恨みから彼女の父親はグループのトップ、神月 誠一(カンヅキ セイイチ)の暗殺を企てたが、実行の前に彼女の父親はワイヤーかピアノ線の類でそれはもう綺麗に関節と呼べる物が無い「バラ肉」になったらしい。そう言えば、この前病気がちの兄貴が使っている薬が壱礼比製薬で作られていた物だったので社長が自殺した事にショックを受けていたとお袋が言ってた気がする。……待てよ? 死因が違う。ニュースでは自殺、って言ってたんだろ? どう言う事だよ?

「優希君、お勉強苦手なの? つまりパパはね、ケサレタんだよ。強い人に飲み込まれたの」

 その時俺は世間の恐ろしさを小学生なりに知った。そして日に日に少しずつだが杏樹が別人みたいに変わってしまってる気がした。
 それでも俺は彼女の元へ行った。傍に居ないと遠くに行ってしまう気がしたから。何だかんだで大好きだったんだ。
 それからは家族の話をしなかったがある日杏樹が父親以外の家族の話を全てした。

※  ※  ※

 その日、私は少し具合が悪くて部屋で寝ていたのが退屈で、最近パパは夏休みじゃないのにいつも家に居たから面白い話でも聞こうとパパの部屋へ向かおうと長い廊下を歩いていた。

(今日はどんなお話が聞けるのかな!? 美味しい食べ物のお話かな? それとも綺麗なお花の話かな!?)

 風邪気味なのも忘れて小走りで廊下を歩いている時にある案が閃いた。どうせ部屋に行くなら勢い良くドアを開けよう。そうしたらパパ、驚くよね?

「ねぇ、パ……パ」

 部屋の中は銀色の糸が張り巡らされていて、お気に入りの椅子にパパは居なくて、代わりに動物園で見た事があるライオンの餌のような小さくて真っ赤な物が椅子の周りに落ちていた。

「な、にこれ」

 周りを見回せば、いつもパパが掛けていた、弦の部分に細工が施された眼鏡を見つけた。確かあれってオーダーメイドだから世界中でパパ以外に持ってる人は居ないって言ってなかったっけ……? じゃあ、あれはパパ、なの? 嘘だよね? 嘘だ。そうだ、ママの所に行ってるのよ! パパは私を驚かしているだけ。そうよ! 絶対にそう!!

 一縷の願いを込めてそっとドアを開けてみた。
 そこも結局地獄だった。
 ママはスーツの男の人達に囲まれて、手足を縛られて口には布が食い込んでいた。私を見た男達は無線を使って何かを話し始めた。

「こちら七班。まだ壱礼比の娘と思われる子供が居ました。どうしますか」
「……はい、ではその方法で。了解」

(何? あの人達は何を話しているの? 何でママがあんな姿なの? 何で? 何で!?)
 
 訳が分からない内に私もママと同じく自由を奪われ、頬に幾筋もの雫が伝い、やがて意識が途切れた。

※  ※  ※

 そして残忍な神月社長は杏樹の母親を出来るだけ苦しみ悶えさせる為に、まずは母親と父親と彼女の縁を引き裂いた。つまり、杏樹から「壱礼比」の名前を奪って「神月」の物にした。そして彼の物となった杏樹の使用方法は人体実験だった。
 神月グループの名は表と裏があり、表向きには医薬品の製造に力を入れた会社だが、裏ではその科学技術やバイオテクノロジーを利用した生物兵器を開発している。それに対する機関も多数存在して、俺達一般人の知らない所で生物兵器に関しての科学技術においては百年以上も進んでいたらしい。
 その技術を使用して、杏樹は毎日様々な薬を投与され、その副作用で髪の色や瞳の色が変だったのだ。

 そして今日、変わり果てた娘に絶望して牢の中に閉じ込められていた母親が自殺した。
 そこまで聞いた小学生の俺は何を言っているのか全く分からないが、一つだけはっきりと分かった。

(……杏樹が、怖い。俺は関わってはいけない奴と関わってたんだ)

 杏樹は俺の心を読んだのか、少し悲しそうな顔をした。

「明日、もしかしたら私ね、もう人間とは呼べなくなるかも知れないの。それでも……優希君は私と友達、よね?」

 そう告げた杏樹の瞳に光は宿っていなく、俺を見て微笑んでいた。
 
 彼女は俺が関わったせいで人間らしさを思い出して、悲しみと孤独に耐えられずに壊れてしまったのだ。 
 そんな彼女を独り残して俺は全力で逃げた。振り返る事は、しなかった。

「約束したよね」