ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Fates of Chains ( No.5 )
- 日時: 2009/11/12 21:12
- 名前: 某さん ◆PHKOj6t3P2 (ID: YpJH/4Jm)
Episode02
Temptation-隠者の呼びかけ-
「有難うロッティ姉さん、美味しかったよ」
「そう? 良かった」
噴水の傍のテーブルで、にこやかな笑顔の兄妹が二人。日光が噴水の水に反射し、二人を照らす。絵に描いたような、とても微笑ましい光景だ。
「私もメイド達と一緒に作ったのよ。美味しいなら良かった」
「……姉さんが、一緒、に?」
いきなりシドの口調がぎこちなくなる。ぎこちなくなった理由としては”シャーロットがメイド達と料理を作った”という事だ。
——姉さんが料理を……。姉さんが料理なんてしたら、四次元にも無さそうなある意味ミラクルな料理ができるからなあ……。あの不味さはある意味奇跡だよ……。
シドの脳裏に浮かんでくる幼い頃の記憶の数々。初めてシドがシャーロットに「お菓子を作って欲しい」と頼むと、まだ12歳のシャーロットは喜んでクッキーを作ってくれた。だが……どうやったらそんなクッキーを作れるのかと思うくらい、いやこれは最早失敗どころのレベルではない程の、ゴミのような粉の塊がシドの目に映ったのだ。
当然そのような食べたら腹でも壊しそうなクッキー(そもそもクッキーと言っていいのか)など食べたくないとシドは拒んだが、シャーロットは顔はにこやか、だがとても黒いオーラを纏いながら大量のクッキーをシドの口の中に詰め込んだのだ。案の定次の日シドが腹痛を起こした事は言うまでもない。
現在シャーロットは18歳だが、いまだにあの摩訶不思議な料理を作ってしまうのである。過去のトラウマを思い出したせいか、シドの顔はすっかり青ざめていた。
——メイドさんが一緒に作ってくれたから、美味しい料理が出来たのかな……。姉さんが作ってたら今頃僕はどうなってたんだろう……。
「シド? どうしたの?」
「あっ、いや何でもないよ。僕は美味しい料理を作れる義姉を持って、し、幸せ……なだけ」
気分でも悪いのかと心配そうにシドの顔を覗きこむシャーロットに、シドはぎこちない口調ながらも無理矢理笑顔を作って見せた。
いや、問題はそこではないだろう。シドは今シャーロットの事を”義姉”と言った。
「そう、有難う。……義姉、か。シドを拾ってからもう10年になるのね」
そう、シドはシャーロットの本当の弟ではない。10年前、エヴェレット家の令嬢であるシャーロットがお忍びで街へ出かけた時、その頃推定4歳程と思われるシドを雨の降る街の裏通りで見つけ、家へと連れ帰っていたのだった。
暗い話になってきたな、そうシドは思った。だがどうこの空気を打ち破ればいいのか、シドには分からなかった。だから
「ロッティ、ちょっとキティの様子見てくるね」
そう言って、逃げるようにその場を立ち去った。ああ、過去の話になると自分は駄目だな……シドは昔の話が出てくる度にそう思う。
”おいで、おいで、こっちに……”
突然シドの頭に聞き慣れない声が、だがどこか懐かしい声が響く。シドは慌てて周りを見渡すが、誰もいない。声はまた響く。
”おいで、こっちに……”
その声は、段々と自分の頭を圧迫するかのように響いていく。
——頭痛とは何か違う……何なんだこれは……。
その言葉が頭に浮かんだのを最後に、シドは完全に怪しげな言葉に頭を支配され、意識を失った。