ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Fate of Chains ( No.2 )
- 日時: 2009/11/15 11:34
- 名前: 某さん ◆PHKOj6t3P2 (ID: YpJH/4Jm)
Episode01
Temptation-ウサギの誘い-
”おいで、おいで、こっちに……”
「ん……?」
何か聞こえたような気がして、銀髪に蒼と金のオッドアイを持つ少年——セシルは後ろを振り返る。だが此処は森で周りには、うっとおしい程の木々。それから自分と姉がいるだけで、自分を呼ぶような人は姉しかいない。だが、聞いた声は優しげな男の声だから姉ではない。
——きっと空耳だったのだろう、セシルはそう思った。だがまた聞こえる。
”おいで、おいで、セシル=エヴェレット……”
自分の名前を呼ぶ声が、何回も繰り返し、繰り返し、エコーのように聞こえるのだ。それも耳から聞こえてくるのではなく、頭に直接テレパシーのように響いてくる。
——誰、僕を呼ぶのは……。
声はやがて、頭を圧迫するかのように重く響く。だんだん、だんだんと、意識が遠のいていこうとしていた。が、その時。
「セシル? どうしたの?」
金髪の女性——姉であるシャーロット、通称ロッティの声が聞こえた。セシルはハッとなってがぜんと意識を取り戻す。
——何だったんだ、今の。
セシルは頭に響いてきた声を疑問に思うが、考えたところでまったく分からない。
「いや……何でもないよ姉さん」
何でもなかったわけじゃないが、頭に謎の声が響いてきたなんて別に言う必要もなく、とりあえずそう言っておいた。
「そう……。あ、そうえいばそろそろお昼ね。メリッサがお昼を用意して待っているわ。お屋敷に戻らないと」
セシルとロッティの家はエヴェレット家と言われる大貴族で、屋敷も国のなかではかなり大きい方だ。メリッサとはエヴェレット家に使えるメイドで、セシルやロッティの友人でもある。
セシルはロッティの言葉に「そうだね」と懐中時計を開き、頷いた。懐中時計の針は一時を指している。
だが、セシルは帰ろうという言葉に「うん」とは言わなかった。
「……姉さん、ちょっと先に帰ってて。僕、少し気になる事があって……」
——何でだろう、あの声が気になる……。
何故かは分からないが、セシルにはさっき頭に響いてきた声が気になって仕方なかった。
——あの声、初めて聞いた声の筈なのに、どこか懐かしい……。
「分かった。なるべく早く帰ってくるのよ」
シャーロットはそう言い残して、屋敷の方向へと帰っていった。もっともセシルは、先刻の声の事をずっと考えていて、その声には気づかなかったが。
”セシル……早くおいで”
また声が聞こえる。頭に直接響いてくるから、どこからその声が聞こえるかは分からない。だがセシルは気づけば歩き出していたのだ——向かった先に声の持ち主がいるような気がして。
自然と動く身体に従い、辿り着いた場所には爽やかな雰囲気の一人の青年。頭に白い兎の耳の付いているミニハットをのせているという、少々変わった外見だがそれを除けばごく普通の青年だ。
「やあ、セシル=エヴェレット?」
青年はにこりと笑みを浮かべて挨拶をする。その優しげな声は間違い無く、先刻自分を呼んでいた声だ。
「えっと、こ……こんにちは」
いきなり自分の名前を呼ばれ、戸惑いつつも挨拶を返す。
——そうえいば……何で僕の名前を……。僕はこの人の事、何にも知らないのに……。一体誰……。
「何で初対面の筈のオレが、君を知っているかって?」
セシルはビクッと身体を震わせた。考えが分かるかのように、見事セシルの考えていた事を言い当てたのだ。
「図星のようだね」
そう言って青年はまたにこりと微笑する。そして次の瞬間、青年はセシルの目の前にいた。セシルと青年の間には10m程しか差がないが、こうも一秒足らずで10mを歩ける者はいないだろう。
「そんなの……オレが君を知っているからさ。セシル=エヴェレット」