ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Fate of Chains ( No.5 )
日時: 2009/11/19 15:25
名前: 某さん ◆PHKOj6t3P2 (ID: YpJH/4Jm)

Episode03
Rabbit and Wolf-黒服の二人-

 *

「はっ、離せっ! 僕をどこに連れていく気だ!」
「はいはい、五月蝿いよ」

 闇が蠢く中、セシルを抱えながら先の見えない巨大なトンネルを飛行するフラン。セシルがどれだけ騒いでも、軽く受け流している。これ以上騒いでも無駄か……そう思ったセシルは、とりあえず黙ってフランの様子を見る事にした。

「ん? 急に黙ったようだけど、何を考えているのかな?」

 フランはさっきの優しげだがどこか不気味な笑顔で、セシルの顔を覗き込む。その笑顔に気圧され、一瞬セシルは「ひっ……」と声を漏らしそうになる。
 ——負けちゃ駄目だ、早くロッティ姉さんのところに帰るんだから……。
 セシルは心に決め、グッと胸のあたりで拳を握る。だがフランは、セシルが頭の中で考えていた事さえも見破っていた。

「早く帰りたいようだね? でも……」

 突然、どこからともなく伸びてきた鎖がセシルの首元に飛び込んできた。鎖の先は尖っておりあと1㎜でも前に進めば、セシルの首に突き刺さっていただろう。

「残念だけど、君を帰すわけにはいかないんだよねえ」

 そう言ってにこりと笑うフラン。左手にはつい先刻までセシルの首元にあった、先の尖った鎖。
 ——何者なんだ、この人……。人間じゃない……。
 さすがにセシルもそろそろ顔が青ざめてきた。鎖なんてフランは持っていなかったはずなのに、何故。どこからそんな物騒なものを取り出したのか。まるで魔法だ。
 セシルが完全に怖気付いたのを見ると、にこっと笑って追い討ちをかけるように言う。

「君みたいな人間じゃあ俺みたいな”エーテル”には勝てない。例え100%全力を出したとしても、俺は5%ほどの力も出さずに君を殺せる。だからさ……あんまり余計な事考えると、殺しちゃうぞ」

 笑顔で声も弾んでいたが、目は軽く本気だった。
 ——駄目だ……。やっぱり僕じゃこの人には勝てない……。
 セシルの目が涙ぐんできた、その時。

「白兎、一体誰を殺すんですか?」

 ビュッと風を切って、銀色に光るナイフがフランのすぐ横を通り過ぎる。フランはナイフが飛んできた方向を見て、にこりと笑いかける。そこにいたのは太股の中間まである長い金髪と、エメラルドの瞳を持つ黒服の少女。それと黒いコートにガンベルトを身に着けている、血のような紅い眼を持つ黒髪の少年だった。

「まったく、不意打ちなんて危ないなあ……。相変わらずそうだね、三月ウサギ(マーチヘアー)それと黒狼(ルー・ノワール)……いや、それは通り名だから、クレ……グレイ? クレア? だっけ?」

 フランはふざけたようにケラケラと笑う。だがバンと銃声が響き渡ったかと思うと、銃弾がフランの右腕をかすって傷口から血が出ていた。右腕で抱えられていたセシルはそ、のまま落下していったが、そこを金髪の少女が小さな身体で軽くセシルを受けとめた。
 黒髪の少年は銀で装飾されている、黒の小型の装飾銃をガンベルトに仕舞うと、吐き捨てるように言った。

「……グレイでもクレアでもねーよ。クレイグ=バーネットだ。何回も顔合わせてんだから、いい加減覚えろ白ウサギ」

 フランは腕を掠っただけとはいえ、銃で撃たれた事を何にも気にせずポンと手を叩く。

「ああ、クレイグだったね。通り名の方で覚えてたから、すっかり忘れてたよ」

 わざとらしくそう言うフランに、クレイグは「チッ」と舌打ちをする。

「まあ仕方ありませんね。貴方の名前なんて覚える必要は欠片もありません。つまりは貴方の存在を記憶に刻んでおく必要も、まったくありません」
「理論は意味不明だが、とりあえず俺に喧嘩を売っているって事くらいは分かる」
「貴方では、私に髪の毛一本触れる事さえできませんよ」
 
 セシルを片手で抱えながら、無表情で毒舌を吐く少女。それに対して段々と殺気を纏う少年。漫画でよくあるバチバチと火花が散る光景が、今見れたような気がしなくもない。
 それだけならまだしも、少女は暗殺用の軽いダガー、少年は先程の装飾銃を手にかけ、今にでも殺し合いを始めそうなところが怖い。フランもさすがにこの光景には呆れているらしく、口出しせずにその光景を眺めていた。セシルも巻き込まれたくないので、口出しせずに見ている。

「……まあいいや。こんな事してたら、またレイシーさんに怒られるからな……。んじゃそういう事で」

 クレイグはフランの方へと身体の向きを変えると、手に持っていた装飾銃をフランへと向ける。

「白兎、ヴェステン支部支部長ルイス=スプリングフィールドの命により、お前を拘束する。おとなしくして貰おうか」
「……嫌だと言っ。って危なっ!」

 フランが言い終える前に、少女がシュッとダガーが矢のように投げた。フランは一見ギリギリ避けたかのように見えたが、左手には少女が投げたダガーが握られている。
 それを見て、少女は驚きもせず無表情で感想を述べる。感情を表さずかみもせず言葉を紡ぐその姿は、まるでロボットだ。

「さすが、ととりあえず言っておきます。ですがこっちは二人。対してそっちは貴方一人。勝ち目はありません、おとなしく拘束された方が身の為では?」

 どこから取り出したのか、さっき投げたのと同じダガーが少女の手には握られていた。それに合わせてクレイグも銃をフランへと向ける。
 この危機的状況にフランは焦りの色など一つも見せず、にこにこと笑っている。

「何が可笑しいのですか?」
「……いやさ、もしオレが君達に勝てなかったとしてもね」

 そう言うと、フランは右手をグッと握った。そして突然そこから眩いフラッシュが放たれた。
 ——何が起こってるんだ……!?
 あまりにも眩しすぎて、セシルたちは目を開ける事ができない。

「此処は一旦退かせて貰うよ。どうせその子——セシル=エヴェレットを保護した事で、そっちの目的は半分果たされたんだろう? その子は一時そっちにくれてやる、だけどいつか——オレはその子を奪いにまた現れる」
「っ! 待て!」

 クレイグがそう叫んだ時にはフラッシュは止み、既にフランはその場にはいなかった。

「……あのゴキブリウサギ、今度会った時には原型を留めないまでに切り刻んでやります」

 沈黙の中、ただ少女の何やらグロテスクな呟きだけが紡がれ、消えていった——。