ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: —— 檻 —— ( No.1 )
- 日時: 2010/03/22 11:23
- 名前: 樹 (ID: 9Q/G27Z/)
【序章】 どうでもいいこと —— 一人の少年 ——
暗い。怖い。臭い。
太陽なんてもう何年も浴びていない。一人の少年は、自分の血の気が無い真っ白な肌に触れた。
昔誰かが言っていた。—— 肌と肌が重なると暖かいんだ—— っと。
誰だったっけなぁ。もやもやと翳り、まるで頭の中が霧になっているような少年の曖昧な記憶。曖昧すぎてそもそも本当にそんなことがあったのかすら疑ってしまう。
そんな役に立たない脳みそがふとそんなことを思い出させたが、はたして暖かいのだろうか、冷たいのだろうか。
何も感じ取れない血の気の通っていない肌。感覚器官が思うように働いていないのだろう。
寒いのだろうか、暖かいのだろうか。
どうでもいいか………そんなこと
ゆっくりと重なり合わせた手をどけ、少年はふとどうでもいいことを考えた。
俺は、いつここから出られるのだろう。
どうでもいいこと。
少年は、もうここから出られない。だからこれは、どうでもいいこと。
- Re: —— 檻 —— ( No.2 )
- 日時: 2010/03/26 13:41
- 名前: 樹 (ID: 9Q/G27Z/)
カツカツ
真冬のように寒く、夜のように暗い。そんな廊下を、杖の光を頼りに警備員が歩いてくる。
いや、警備員なんてものじゃない。もし少年が逃げ出そうというものなら躊躇無く殺しに来る犯罪者。警備員なんて石鹸よりもきれいな言い方をしているが、こいつらだって少年と同じ犯罪者だ。
人を殺める犯罪者。
「まったく牢獄は汚い。豚小屋より臭い。」
少年の耳に、いやみったらしい警備員の声が耳に入った。
何が違う? どういう風に違う? コイツと……俺達罪人は
少年がグッとこみ上げてくる感情を押さえ込む、無意識のうちに唇をかんだ。
警備員が、一人一人監禁させた空間にパンと水を置いていく。それも直接ではなく魔法を使った間接的な行為で、今でもたまに少年の癪に障っていた。
でも、そう思うのも無理は無い。
なんていったってここは排泄物を流すようなものは付いていないからだ。
ここにはほとんど何も無い。寒さをしのぐ衣類は身に着けているボロボロな衣服で、ベッドはなく、あるのは石造りのごつごつした床だけ。そんなところにトイレなどというしろ物は無論無い。
代わりにあるのは蓋も付いていない小さな桶。
だから、少年はこんなどうでもいいことで気分を害すような感覚は捨てた。
「どうでもいいだろ? 」
小さく笑みをこぼした。少年が置かれたパンに手を伸ばす。
黒くて硬くてそっけないパン。そして水。
それは朝と夜だけで昼間は出ない。栄養調節なんて犯罪者には関係ないそういう扱いときた。
ここに居るやつはみんなそうだ。ただ牢獄に居てただ牢獄に居るだけ。何もできないし、何もしない。ただ居るだけの……存在でもない——— 物
「こんな人間死んだほうがましだ」
ここで少年は、自分のことを言っているのに気がついた。はっと息を呑んでかぶりをふった。
死にたい。だけど死にたくない。そう、人間はみんなそうなんだ。
だから、やはり生きたい。
- Re: —— 檻 —— ( No.3 )
- 日時: 2010/11/23 16:51
- 名前: 樹 (ID: mUcdxMp7)
ヤツ —— もう一人の少年 ——
ハァッ ハァッ ハァッ
走り続けたせいか息が荒い。呼吸がつまり一瞬ゴホゴホとむせた。それでも、もう一人の少年はとまるようなバカなまねはしなかった。
頬を掠っていく風が凍った刃のように冷たくつき刺さり、露出している肌の感覚器官をチクチクと麻痺させていく。それでも少年は走り続けた。
とまってはいけない、今とまってはいけないのだ。
「くっそ・・・・」
ギュッと、強く、自分の体温だけではない、冷たく違和感のあるこぶしを握る。
その少年の左手には杖がもたれていた。
色が濃く古びた臭気を漂わせているその杖。しかし、それ以上に強いオーラがその杖を握っている少年の体全体までもを包み込んでいた。
黒とも言えない、紫とも言えば言えない、まがまがしいオーラ。
「今日から俺のだ」
少年が、感覚が麻痺しきりしびれる己の唇を薄くめくった。笑ったのだ。
しかし、そんな表情もつかの間に少年の後ろから叫び声が響く。
「いたぞ! こっちだ! 」
「ちっ」
男のゴツイ声がやみ、二つの足音が通路にこだまする。
でも、それだけじゃないことぐらいこの少年芋わかってた。男は少年に向けて杖を振りかざす。魔法によって生み出された火の玉が少年めがけて四方八方に飛び交う。
「うわっあぶねぇ」
でも……コントロールが悪い
ニッと少年はその顔に笑顔を張り付け、身軽にそれらをかわし、全身を包むマントで跳ね返りの炎をよけた。
しかし、石でできているからか熱が吸収されずに発さんされている。さっきまで凍りそうになっていた額から汗がタラリと流れた。
冷たかった通路も暖まり、感覚の薄くなっていた肌に温かみが感じられるようになるが、衣類から露出していた部分は急激に温められたために血がにじんだように赤くはれた。
指先が切れるように痛い。頬が焼けるように熱い。
「炎が当たる前に痛みで逝きそうだ」
喉から押し出したような声でつぶやき、少年は握っている杖に目をやった。まだ使ったことの無いこの杖。威力がどれほどなのか、自分が使えるのかも分からない杖。
「いや、ここで使えなかったら俺しぬしかないじゃん。やっと手に入れたんだ・・・・こんなところで死ねるかバカやろう」
少年が立ち止まった。走り始めてやっと。
息を整えながら後ろを向くと、ニヤリと頬を引きつらた警備員が、その少年めがけて長い呪文を唱えていた。
呪文を言わなきゃできないのか……こいつらは
少し呆れ顔になった少年だが、つかの間少年もニヤリと奇妙に頬を引きつらせた。
杖に力がこもる。同調するように今まで握り締めていた杖が凍ったように冷たくなり、燃えるような痛みを赤くはれた少年の手に与えた。
それでも、少年は眉一つ動かさず、相手に杖を向けた。
「お前はラッキーだな。この杖の最初の餌食にならせてもらえるんだから。」
少年がしゃべり終わった瞬間だった。相手の呪文が完成し魔法で作られた火の龍が襲ってくる。
ゴゥウウッゴゥウウッ
蛇のようにうねり風を切る音が聞こえた。それが本当に蛇サイズだったら少年もどれほどいいと思ったのだろうか。
少年の方も、もう動いていた。
その場からすでに百メートルくらいも先に。
「くっそ・・・この杖つかねぇ! 」
そう叫びながら。