ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: —— 魔法界の犯罪者 —— ( No.17 )
- 日時: 2011/03/09 17:12
- 名前: 樹 (ID: LUfIn2Ky)
もう一人の少年。—— 逃亡中 ——
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
それでも、その一瞬が限りなく長い時間なのではないかと思える。まさに今も、少年の目の前でその一瞬が続いていた。
動いていないのか? いや動いてはいるのだ。よーく見ないと分からないほどのろのろと動いている。
そっと少年が杖に目をやる。古びた木目に少年の汗が光っていた。これがこの杖の力か?
しかし、今呪文を唱えたわけでもない。なぜ、コンナ魔法が発生したのだろう。少年が目を細める。でも写ったのは赤い日の塊。ピクッと肩を震わせた。
「おっと。俺、こんなことしていられねぇじゃん?」
そういって少年は走り出した。
幾分も走らないところで。再び、風を切る音が聞こえてくる。まったく、あの魔法使えるんだか使えないのだか分からないな。今のところ、『使えない』に属されているけど。
だんだんまた温度が下がってきたのか、少年の指先が震える。少年がココに進入したときから、ココには階段というものが無かった。石造りの廊下が湾曲して続くのを見て、らせん状に連なっていることが分かった。がむしゃらにココまで走って来たが、どうやら下に下っているらしい。
かじかむ指先に必死に絶え、前方を見ると通路が遮断され、大きな空間が見えた。それと同時に、異臭が鼻の中に飛び交う。
アンモニアのにおい、腐った生ゴミのにおい、大量の血なまぐささ。そして死臭。生気を失った人間のにおい。
なんだ? 牢獄にきてしまったのか。
ふぅん。もし俺が捕まったらこんなところに入らなければいけないのか。
コンナ暗くて独房のような場所が牢獄。想像していた以上のことに少年の背中がゾッとうずく。そして、あられもない恐怖が体全身を包みコンだ。
絶対に捕まってやらない。
そんな思いも、強くなった。
しかし、ゴウゴウと通路に鳴り響く風の音もまた強くなってくる。
その音が、一瞬にして何倍にも膨れ上がったとき、後ろからぶわりと熱風が襲われた。
熱い。さめ始めた少年の体をまた熱が暖めた。
それでも少年は止まらなかった。
絶対に言われたくない。
「ご愁傷様」
なんて。そう、絶対に……
すんなりと、その言葉が耳に入った。
そして、一瞬にして、俺の体が熱くなった。もちろん、怒りで。
背にある大きな火の塊など気にせず、それまで走り続けていた少年の脚が静かにとまる。少年の目に映るのは、一人の犯罪者。暗い牢獄の中でもはっきりとその顔が認識できた。ニヤリと、目の前の犯罪者が微笑む。
し・に・た・く・な・い・な・ら・こ・い
細く、小さく。その犯罪者が唇を動かした。
幻想だったのかもしれない。そんなくらい窮地に陥ったときのことだ。
それでも、俺は……
- Re: —— 魔法界の犯罪者 —— ( No.18 )
- 日時: 2010/11/21 18:01
- 名前: 樹 (ID: mUcdxMp7)
【一】君は自由で良いね……だと?
ハァ?何がいいんだよ。
自由って言うのはなぁ、時間に縛られるって意味なんだぜ?知らなかったのか、お前。
間が無いほどに鳴り響き続けている足音は、普段のここと比べると想像もできないくらい騒がしいものだった。
皮の靴で走っているため、カツカツと一歩一歩がさらに煩い。ましてや、その中に焦りや、恐怖などの感情を込めてしまえばその音は心にまで煩く響いているだろう。
なぜ、ココの警備員はそんな靴をはいているのだろうか。これは、一人の少年が警備員に対して思っていたことだった。
警備員の癖にその服装はとても洒落っ気が出ていた。
靴はもちろん、服装までも軍服の上からマントを羽織、頭には自分の顔の2倍くらいもある帽子を被っていた。
警備に関係が無いところで民衆からふんだくった金を使う。何が国家の犬だ。ただのスネかじりの犯罪者達が。
この服装を見れば、きっと、二人の少年達はこんなことを漏らすだろう。
そんな見栄えのいい服装をはだけさせ、帽子もどこ得やったのか今走り回っている警備員達の頭には被られていない。
しかし、そんなことを気にしている余裕などは今の警備員は考え付くことも無理だった。
何ていったって、今は大事件勃発中だからだ。
地下の第一牢獄が爆発。その中の生存者全ての死刑囚及び懲役囚が逃亡。
足音に混じりながら、そんな言葉がぐるぐると警備員の頭の中を駆け巡っていた。
「いたぞ、こっちに一人いるぞ!」
「うぁあぁああっ……くるなぁ」
警備員の焦った叫び声と、逃亡者の恐怖にうなだれる小さな悲鳴。
死刑囚は逃げたら最後、殺されるか、追われるかのどちらかの選択権しか与えられない。まったく理不尽だと思わないかい?
君はどうだか知らないけど、俺は、そう思うよ。
ブツブツとつぶやかれる呪文を耳からキレイに受け流し、俺は、目の前の少年に目を向けた。
瓦礫に埋もれ、二人居るのもやっとの隙間では、光なんて感じることもできなかったが、なぜかその少年の姿だけは、ハッキリと俺の目に映っていた。
はじめ見たとき、その幼そうな顔に驚愕したが、とたんにうれしくなってきた。
堅苦しいどっかのオヤジと比べたら数百倍うれしい。少なくとも、歳が近いのならそれなりに会話と言うものが弾むと考えたからだ。
実際、そんな経験の無い少年にとって、これは意味の無い考えだったのだが、少年はその考えにうぬぼれ、自分が天才なのでは無いかと目を輝かせていた。
しかし、そもしも性格が悪かったら、それはこれで終わりなのだ。
- Re: —— 魔法界の犯罪者 —— ( No.19 )
- 日時: 2010/11/21 17:53
- 名前: 樹 (ID: mUcdxMp7)
でもそんなこともお構いなしに、少年はうきうきしながら侵入者を見つめていた。
キュッと締めても緩み、また締めてもまたほころぶ頬、一見外から見てみればただの変態のように思えてしまう行動を、少年はそのまま気にもとめずに侵入者に話しかけた。
「なぁ、お前さぁ……んぁ? 俺のことかって思ってる? ああそうだよ。お前さんのことだよ。—— 何でココに来た。お前は何でこんなものを、それもこんなところへ盗みに来たんだ? 俺にはそれがどうしても疑問にしかならねぇ。まぁもし、ただ金稼ぎのためにやってきた泥棒サンだったのなら、お前は運が悪かったってもんじゃないね。この世界に生まれてきてゴメンナサイだよ…………って、これはお前がもしこれを失敗したときに言う言葉だけど」
な? 笑いを鼻にかけ、クスリとわらっってみせるが、ギリギリ目まで被されているフードでは見えていないだろう、フッと息を吐気ながら一回下を向いてもう一度逃亡者の顔を確認してから、少年は話を続けた。
「お前はこれをクリアした、そんな奴が、ただの泥棒ってそんなのあるわけ無い。まぁまだこの牢獄からは逃げ出せてないけどそれはもう気にすること無いよ。お前は俺と出会ってしまったんだからな。全くの運命だよなぁこれは。本当、君はついてるよ、最高なくらい最上についてる、極上だよ、君の運は。ん? いや違うなぁ。これは全部俺にとってのことなのだから、俺の運がいいってことなんじゃないか? そうだよ……全て俺のためのストーリー(運命)じゃないか。クックックック自分ながら最高だよなぁ。 本当、最高だよ! さ・い・こ・う! あっ! でも君は何も心配することは無いよ。君の運も果てしなく良いことには代わりが無いからな。ああっでも本っっっ当滑稽! すばらしいよ。君っていい奴過ぎるよ、運命的にも、物語的にも、何より僕にとって、最高だよ。本当最高。マジメに最高、ヤバイくらい最高。ありえないくらい最高。嬉しいくらい本当にサイッコー」
ダンッ
地面がゆれた。その一瞬の音に、あの逃亡者の奏でた音に、この狭い空間が一瞬にして支配された。時が止まったように、感じられなくなった時間の重みに、一秒が今どのくらいで動いているのか、まるで理解できない。
いつの間にか叫んでいたのか、のどがカラカラに乾いていて、ヒリヒリとした痛みも感じられた。その痛みを感じれたのは、ほんの数秒、ほんの数秒分の数秒ぐらいしかなかったのだけど。
ヒリヒリした喉の痛み? そんなの本当は痛みなんていわないんだ。ただの体の一部にしか過ぎないくらいなんでもない感覚なんだよ、コンナのと比べればね。
決して直接的ではなかったが俺は、死にそうなほどつぶされそうになった、威圧と脅威に。
そして、こんな時に、コンナ場面でなぜか俺ははじめにした質問を頭を巡った、どうしてコイツはこんなところに来たんだろうか、何のために、コンナ危険を冒してまで、こんなことをしたのだろうか。
俺には、理解不能だった。
- Re: —— 魔法界の犯罪者 —— ( No.20 )
- 日時: 2010/09/20 16:27
- 名前: 樹 (ID: mUcdxMp7)
威圧感につぶされそうになりながら「てめぇは何者なんだ?」名前も聞かずに、侵入者から冷たく問われ、深くまで被られたフードから、ギロリと光を放つ目で睨まれた。まっ元から名前なんて無かったけどね。
さっきのこともあったからか、俺の体はビクリと震え上がり慎重に声を絞り出した。
「俺は、超危険死刑囚であって超重要死刑囚。人間としての名前は無いけど、死刑囚としての名前まぁ名簿とかナンバーとかと同じのだったらあるよ。フェア・ブレッヒュン・クライムクリムクリミネ・ミェンバオポンジュ115278930600015。意味、分かる?」
可笑しそうに笑いながらそれでも、目は悲壮に色が無かった。
「ふぅん、悪趣味だなその名前つけた奴。まっつけられた奴もそれだけおかしいんだろうけどなぁ」
クスリと笑うような話し方に、目を細め、睨み返すが、その視線が侵入者に届くことは無かった。でも、まぁ、そういうのも分からないでもないから、それ以上は何も言わない。
これは誰が見ても一見意味不明なことばかり書いてあると言う。でも誰もがその次には必ずこういう。
「あっ、一つだけ読めるのがある」
フェア・ブレッヒュン・クライムクリムクリミネ・ミェンバオポンジュ
一つの国ではフェア・ブレッヒュン
一つの国ではクライム
一つの国ではクリム
一つの国ではクリミネ
一つの国ではミェンバオ
一つの国ではポンジュ
どれも、同じ言葉を意味していた。
「通称呼び名は“ハンザイ”これは俺の故郷の言い方。お前さんはお前さんで好きなように呼べばいいよ」
「ふんっやっぱてめぇはおかしいな。別に、てめぇの呼び方なんてどうだって良い。俺が聞きたいのは、てめぇが何者かって事。なんで、この杖のことを知っている? なんでこの杖を使うことができた? なんで死刑囚なのに、てめぇはコンナろうごくにいるんだ? 死刑囚なら処刑されて終わりだろ? そして、なんでてめぇの目は紅いんだよ? てめぇ、本当に人間なのか?」
てめぇ てめぇ てめぇ
質問ばっかりだな。こっちは久しぶりに人間と会話してパニくってるっているのに、つーか俺のほうかおまえさんのこと聞きたいんだけど。
「ねぇ、いま“てめぇ”って何回言った?」
ほら、まだパニくっちまってんじゃねぇか
- Re: —— 魔法界の犯罪者 —— ( No.21 )
- 日時: 2010/12/22 15:56
- 名前: 樹 (ID: mUcdxMp7)
「だからなんでてめぇはそんなドウだっていいことに食いつこうとするんだよ。俺が知りたいのはてめぇが何者かってことだ。何回も言わすな」
声には若干怒気が含まれていた。からかったつもりはさらさら無かったのだが、短期なのだろう。そんな怒らなくても。その言葉は喉に張り付き、実際に声には出せなかった。
「簡単に言えば、その杖の使い方を記憶していたものって言えばいいのかなぁ」
フフッ 不適に笑みをこぼし細めた赤い目を長く大きな左手にもたれた杖に移すが、その瞬間侵入者が黒色のマントの中に杖を隠し、嫌な顔をしてこっちを見た。
ピクピクと笑顔が顔に張り付き「おっとそんなに睨まなくても」と笑うが同時にこぶしがギュッと力むのが少年自身にも分かった。
そんなことにもお構いなしに侵入者が問う。
「杖の使い方だと……なんだ、じゃぁこの杖は普通にはつかえねぇって事なのか?」
「まぁ、そうなるだろうね。今のお前さんには使い物にならないってことは確かだろうし、だからもうちょこっと見せてくれよ。大体、俺だって【記憶していた】ってだけで今記憶しているわけじゃねぇんだし、さっさと思い出さないと俺だって危険なんだ。奴等がここみつけるのだって時間の問題だ。もし見つかりでもしたらなにもできずにここで死ぬか永久に牢獄いきだぜ」
後半から侵入者は殆ど固まったまま、少年を見ていた。
我に返ってもまだそのことが理解し切れていないのか、口をもごもごと動かし目が細かくゆれていた。
「なっ……本当なのか? だって……そうだ。なら何でさっきあんな爆発を起すことができたんだよ」
苦虫を噛み潰したような顔。フードが無ければきっとそんな顔なのだろう。
それに対し、少年はサラリと答える。
「それはだなぁ……なんというか、感覚って奴?」
カッ
一瞬で侵入者のオーラが変わり、怒りに満ちた目の焦点を少年に向けた。
「フッッザケルナァテメェ!! ……そんなわけ」
さっきとは裏腹の張った声が少年の耳を貫く。
「まぁ落ち着け。だからとりあえず何か思い出せるようにとそれを見せろって言っているんだ」
指を侵入者のマントのすそから先端を出している杖に向けた。
「ちがうッッちがうちがう!! だから、俺が言っているのはそんなことじゃねぇんだよ! てめぇはさっきから俺の言葉をちゃんと理解しているのか!? 忘れているんだろ? 使い方。なら感覚でそんなことできるわけねぇじゃねぇかァまじめにてめぇ……フザケルナ」
……。……。
コイツは子供か。恐怖していた感情がさめ、体の力を抜く。
「お前さんの言いたいことは理解できる。でも、それがどうなるって? そもそもこの状況で言葉なんて理解してどうする、起こっているのは今そこで見ているものだけだぞ? それをまず受け止めずにいちいち、いちいちあーだこーだいって考えてどうするんだよ、お前さんは」
少年が続ける
「まぁ、付け足すなら、忘れたというより【消去】されたって言うほうが正確だろうな。その杖によって記憶が消された。当然、ただの杖で記憶を復元させようとしたって力も及ばないし、呪文が同じだってことも分かっていないんだ」
理解したくない。そんな理由理不尽すぎる。
あふれる感情を抑え、フルフルと震える侵入者の体に手を伸ばし、マントの端から顔を覗かせる杖を掴む。
すんなりと侵入者の手から杖は離れ、冷たい風がぬくもりもかんじさせないよう手の間を抜けた。
- Re: —— 魔法界の犯罪者 —— ( No.22 )
- 日時: 2010/11/23 18:31
- 名前: 樹 (ID: mUcdxMp7)
「そういえば、お前さんの名前を聞いたことが無いいような……」
杖をいじりながら、ふとそんなことを思い出した。
「名前? ああ、別にそんなのいいだろ。てめぇと俺。てめぇで言うお前さんと俺があれば名前なんて要らないね」
さっきのことが気に入らないのか、淡々と吐き出すように言葉を言い切った。
しかし、
「こっちはそういうのではいかない者ですから、どうにか名前くらい教えてもらわないと……まってめぇって呼び方が気に入らないってこともあるけど。な?」
そう返せば、やはり、ムッとしたようにフードの下から此方を見つめ、呼吸をするようにまた視線をそらされた。
返答を待っていても待っていなくても同じことが分かりきっていたからか、幾分も待たずして、少年が先手を打った。
「そんならじゃあ、俺のことはソロモンとでも読んでくれ。ちなみに俺が考えたんだが、君の事はファウストって呼ばれてもらうよ」
「はぁあ!?」
血相を変えて少年の方を向き、無意識のうちにボロボロの胸倉を掴みあげた。フッとそれほど力も入れていないのに少年の体が持ち上がり、ギョッと目を見張るった。
布切れ同然の衣服から出ている手足は立てるのかも分からないほどに骨と皮だけしかないく、顔もよく見れば痩せこけていて、あんな達者な言葉を本当に目の前にいる奴が今まで言っていたのだろうか。
掴んだまま、唖然と少年の顔を眺める。
止まったようなときの流れを少年、ソロモン、が静かに破った。
「へぇ、意味分かってんじゃん。そう、この名前は六大魔術師さんから取った名前だよ。なに? そんなにイヤだった? あっもしかして何かの信仰とかに入ってたりしてたのかな。それならやな事しちゃったな俺。いやぁゴメンゴメン。こっちも今外の世界がどんななのか知らないもので、ちょこっと変なこと言うかもしれないけど、それはご愛嬌だろ? まぁどうでもいいことって思って流しておいてよ。それと」
掴みあげられたまま、ソロモンが続ける。
「僕の体がどんなだろうが、それも気にすること無いからそれも水に流しておいてね」
ほぼ皮と骨だけのよぼよぼな手を、胸倉を掴んでいる長く大きい手に力なく添えると、その瞬間パッと胸倉から手が離れ、ドサリと鈍い音を立ててその場に腰を打ちつけた。
「いっつ」
「ぁっ……」
慌てて侵入者が泣き出しそうに目を震わせ、手まで震えそうになるのをギュッとこぶしをにぎり紛らわした。
「そんで? 名前はドウなの?」
「エ……フ…ス……」
「え?」と言う代わりに首を傾けた。
「エリファスって呼べ」
クスクスッ
ソロモンが笑うと、フードの下からまた睨みつけられるが、それでも、フードを取ろうとはしなかった。
態度の割りに女っぽい名前。
つい口に出そうになったのをさすがに失礼だともって喉に貼り付けた。そして——
「ありがと。意外とギャップがあるな」
ダンッと壁が震える。
「うるせぇ……」
さっきと同じはずなのに、なぜか心の中が愉快に踊っている。
別にバカにしているわけじゃないのだが、なんとなく、ソロモンは楽しさを味わっていた。
「おい!今こっちからすごい音しなかったか!?」
それほど遠くないところでそんな言葉が聞こえた。
え?
「「げっ」」
やべハモった。
- Re: —— 魔法界の犯罪者 ——参照200突破!! ( No.23 )
- 日時: 2011/03/16 14:37
- 名前: 樹 (ID: eCrj8qey)
とたんに顔を見合われる二人。みるみるウチにその顔はゆがんでいき、焦りが神経を貫いた。それが何かなんて考える暇も無く、反射のように体が飛び上がり、エリファスの足が目の前にある瓦礫の塊を砕く。
一瞬で、辺りが砂煙を上げ、石と石とを泥のようなものでくっつけ、乾かしただけの瓦礫は、あたりにカラカラと軽い音を立てて巻き散る。それを見届ける暇も無く、エリファスは呆然としているソロモンの手を引き、逃げてきたときと同じ通路に向かって走り出した。
何もできなかった。何もしなかった。ソロモンには何もできることが無かった。ただ呆然とそれを眺めていただけで、気づかないうちに引っ張られる手におぶられて無償に助けてもらっていた。さっきまで威張っていたくせに、お荷物にしかならない自分の存在が、エリファスと遠くに感じ、熱く苦く、胸の中が焼け焦げる。そして、そんなものもお構いなしに時間は滝のように荒く流れる。
後ろで俺達を呼ぶ声がする。後ろで俺達を非難する声が飛ぶ。後ろで砂煙を直接すってしまった坊ちゃん達のうめき声が聞こえる。
みんな自分のことを考えるので精一杯なのか、この状況で冷静に止まって判断できた奴は、事件を起こした張本人だけだった。もちろん、ソロモンもまったく状況判断ができてはいない。焦りと驚きがせめぎあうようにソロモンの頭を支配して、人に冷静になれといわれても、キット今は無理だろう。それでも、やはり物事を客観的にしか捉えることのできなかった少年にとって、置いてけぼりは心苦しかった。まだ数メートルしか走っていないのに乱れていく呼吸の中で、必死に息を吸い込んだ。
「おっおい!」
「しっ!バカ黙ってろアホ」
扉をでるあたりでやっと出た声は、直ぐに叱咤され、ソロモンはあいている手で口をふさいだ。
「うっ」ともつれる足に低いうなり声が混じる。
コンナ状況でなに自分は声を出しているんだ!
そう叫びたくなる衝動を握られた手に込め、またもつれて今にも倒れそうな走りを披露している足に精一杯力を入れてみるが、獰猛に駆け抜ける目の前の猛獣についていくことは、今のボロボロに腐った足では無理そうだった。
どうしてこんなにも違うのだろう。理屈では分かって入るものの、どうも理解しがたい。やはり、心苦しかった。
つらい。つらい。体の節々が悲鳴を上げ、心の中までもこだまして響き、体を支配しようとするが、そのたびに強く引っ張られる手によってソロモンが走る。
つながれた手で、ほぼ引きずられるようにソロモンは走る。足がもつれ、地面に引きずられても走った。握られていた手に跡が付こうとも叫ばず走った。息がつまり、肺がつぶれそうになっても、その足が止まることは無い。
流れる景色に目を向けることもできず、ただ目の前を走る奴のこと見失わないように、必死に標準の定まらない目の焦点をあわせた。たいまつによって赤く光を放つ壁の石が、よりいっそう赤く燃え上がるようにみえ、そのなかに力強い後姿が浮かび上がる。それ以外は全て赤。何も見えずにただ走り続ける。
どうやら本当にバカな奴等ばかりだったのか、あの大広間を抜けてから警備員の姿はみていない。ただ、腐りきった目で見たから多少信じがたいところがあるが……。
ずいぶんと走り続けた。まだその歩みは止まっていないが、気が付かないうちに、これまで寒さに麻痺していたソロモンの体はつながれた手から全身にかけて燃えるような熱がうねっていた。
- Re: —— 魔法界の犯罪者 —— ( No.24 )
- 日時: 2011/03/16 16:07
- 名前: 樹 (ID: eCrj8qey)
ハァッハァッ
息が鉄くさい。
ハッハァッ
乱れて酸素がうまくいきわたらない。
タッタッッッタッタタッ
もつれて転びそうになる。
ぐいぐいと引っ張られる手。
熱く火照る自分の体。
全部が全部、少年の『新しい』記憶。
全部が全部………?
必死になりすぎていたからか、それが癖なのか、どちらにしろ引っ張られている手の中でぎゅっと掴み続けられていた杖に、気が付いてはいなかった。
呼吸が荒い。呼吸が荒い。そんなに必死になってどこへ走っているのだろう。どこだっけ。俺はどこに走っているのだろうか。
そんなこと知ってるはずも無いのに、ソロモンの頭はただそれを考えた。
夜遅く、緑の草木を掻き分け、少年はただ一人で雑木林を駆け巡る。飲み込まれてしまいそうな真っ黒な雑木林に背中をぞっとさせるが、後ろから鈍く光を放つものの法がずっと怖かったから、やはり必死に掻き分ける。
必死に必死に、何をそんなに必死に走っているのだろう。どこに向かって走っているのだろう。身軽に足を動かし、走り、とび、飛び越え、走る。今よりもずっと早く、ずっと心苦しそうに。たらりと、額からあれが流れる。それさえも惜しむような悲しみをもって走る。でも、深い雑木林を出ると、そこには土の壁が広がっていた。眩しいくらいの月光が降り注ぎ、目がしばむ。慣れるまで待つ時間なんて無かった。
雑木林を出てからの一本道をまたひたすら進む。今度は明かりの方向に向かって。眩しすぎて涙が出てくる。そんな涙もまた惜しむように我慢するが、一筋だけ、つっと頬を伝った。
遠くから、また違った光が見えた。月光を隠すような鈍い光。月も月であっさりと姿をくらます。とたんに俺の足が止まった。
前も後ろも横も上も。鈍く光る。
何人かは分からなかった。とにかく、走っている俺の足が止まくらいの光が数多光っている。
「んぅ……ぁ…ゥッ」
嗚咽が漏れる。惜しんでいた涙が急速に流れる。
そして、にっこりと何もかも許すように、何もかもあきらめたように。優しく、悲しく、わびしく。
奇麗に微笑む。
同時に「 」何か、唇が動いた。
何だろう。機械的に無理やり動かして出た言葉。
そして、鈍い光がまぶしい輝きに包まれた。
何だろう。なんで必死になっていたのだろう。いた?……あれ?これってお…れ……
「うわっ」
足がもつれた。もつれて両膝を強く打ちつける。もしかしたら皿われたんじゃぁ……。でもお構いなしに走り続ける猛獣の手はつながったままなので、立ち上がらなければ足がすれていくばかりだった。打った足を引きずることで火に油を注いだように痛みが熱く燃え上がり、立ったあともズキズキと痛みが治まらず余計にヨタヨタ違う方向に足が動く。
でも手はつながれたまま、どんなことがあろうともそのままだった。
赤に包まれた姿もそのまま力強かった。
赤。鈍く、石が光を放つ。鈍く。月光を隠す。
ゾッと背中がうずき、カラカラの体から水分がしみでた。
赤い光の中に力強く立つ背中。怖いはずではない。うらやましかったぐらいなのに、ソロモンの頭が急に冷えたように青ざめた。
なんだったんだろう、あれ……
少年の新しい記憶では、月は見たときも無いのに、丸く大きく光るのを正確に突き当てた。黄色く輝く光を見た瞬間、心地よい感覚になったことを、ソロモンは忘れてはいない。そして、それと同じくらい強く悲しみを感じたのも忘れはしてなかった。
鈍く光る赤が眩しく輝きに包まれる。
「えっ…………ッッッ!」
ハッとして俺はエリファスから視線をずらすと……眩しい太陽の光が目を貫いた。さっき見た月よりももっと現実的に目を貫く。目から血でも噴出したような感覚に、乾ききったからだからまた水分が絶えず流れ出る。痛い。痛い痛い。流れる涙を我慢できるような痛さじゃない。目玉を二つ抉り取られている。
体中の力がぬけ、宙に浮いているようだった。
足でも腕でも体でもどこでも引きずったっていい、もはや感覚がおかしくなってる。
でも、倒れそうになった体が、ふわりと受け止められ鼻を突く暖かい香りと、見えないことを埋めるように大きい声で叫ばれたことを、最後に覚えた。
「おおっちゃんと生きてるみテェだなぁ!」
ああ……こいつの言葉は憎たらしい。