ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 崩戒のイージス ( No.2 )
日時: 2009/11/29 22:21
名前: Evil (ID: ccFCbH8N)

1話「覚悟 -Resolution-」

2月9日の水曜日。
異常な広さの部屋の中、少年は眼を覚ました。
黒に近いグレイのセミロングの髪を揺らし、洗面台へと向かう。
寝ぐせの髪を整え、丁寧にたたまれた制服に身を包む。
”決行”と16日の日付に書かれたカレンダーをしばらく見つめると、ネクタイを閉めながら1階へと降りた。

廊下を抜け、誰だがわからない肖像画を横切り、少年は食卓に辿りついた。
急に開けたそこには、二人の家政婦が家事をこなしていた。

「おはようございます」

「あぁ……おはよう」

鬱な面持ちで、少年は腰かける。
テーブルにある料理は鮭のムニエルと丁寧な盛りつけのラタトゥイユが置いてあった。
これが日本人の食べるものかと少年は思う。

そして少年が食事をしている間、二人は耐えがたい緊張の中にあった。

「……ごちそうさま、今日もおいしかったよ」

「勿体無きお言葉です。いってらっしゃいませ」

そういって二人は深々とお辞儀をする。
満足したという意思を伝えなければ、二人には安堵の時は訪れない。
少しでも粗末な料理を提供したものなら、無論処刑、よくて信じられないほどの拷問にあう。
隣宅で悲鳴をあげるあの外人のように。

”No!! Help! Noooo!!! Asking!! Help!!!”

とても聞けたものではない。
黒服の政府の者達に連行される姿を毎朝必ず少年は見て学校にいく。
原因は主人にあった。

隣に住む近所で不評の中年の男性は、異常なほどに短気でキレ性。数々の家政婦を政府送りにしてきた外道だ。
できることなら殺してやりたいものだが、今の日本でそれもまた処刑に値する。

行き場のない殺気を抑えつつ、少年は学校へと歩を進めた。
巨大な民家から人がたびたびと出てくる。
そして連行される奴隷達。
募る憎悪をこぶしに、少年は行く。



しばらく歩き、校門の前にまできたとき、遠くのほうから名前を呼ぶ声がした。

「零時!」

「……なんだよ」

「なんか今日……不機嫌ね」

「……こんな国にいる時点で俺はもう不機嫌だ」

とぎれとぎれの会話の中、二人は教室へ向かう。
教室に入るや否や、すぐさまバッグを置き、二人は屋上へ向かう。

学生は必ず授業に出席する必要があり、常に偏差値を規定値より保持する義務がある という法律が日本にはある。
だが、この二人は特権があり、日々生活においてあらゆる恩恵をうけることとなっている。
『大日本帝国名誉国民』
それがその特権の名。
この権利を与えられる条件はひとつ、第三次世界大戦において名誉ある功績をあげた者、もしくはその子息および夫妻。
二人はそれぞれ軍人の子息なので、特権の証である名誉の二文字がナノレベルで右目の横隔膜に刻まれている。

二人は屋上で仰向けになり蒼穹の下、雑談に入り浸った。

「……零時」

「ん?」

零時と呼ばれた少年は眼をつむったまま返事をする。

「本当に……16日にやるの?」

「あぁ。もう決めたし絶対変更はしない」

そのかたくなな意思に少々たじろぐ少女だったが、退かずに望む答えを求め、追求する。

「……やめる……とかしない?」

「あぁ……いいよやめても。だったら俺一人でやるから」

「……だからそうじゃなくて、この計画自体止める っていう話!」

その言葉に零時は少々黙りこむ。
だが、思い切ったのか、突然言動を変えた。

「……なら、いい」

「……え?」

「お前は家でじっとしてろっていってんだよ。奴隷をこきつかって、税なしの商品を腐るほど買って、バカみたいにのうのうと生きて、老衰して死にゃあいいんだ!」

「……私だってやりたいけどただ——」

「じゃあなんだ? お前には覚悟があるのかよ!? この計画を実行に移せる覚悟が! 人を殺す覚悟が! 政府を敵に回す覚悟が!!」

幼馴染からの言葉の雨に、少女はしばらく黙り込むと、小声ながらハッキリと、意思を伝えた。

「……あるよ、私にだって」

その予想外の言葉に零時も少したじろぐが、また無情にも言葉を浴びせかける

「言葉でならなんとでも——」

そういいかけたとき、少女の顔は零時の胸にあった。
やわらかな抱擁のなか、少女は眼から涙を流しながらまだ小声ながらもしっかり声を発した。

「私は……零時がいなくなるのが嫌なの……私の周りの人はどんどんいなくなってく……それが嫌なだけなの……」

ワイシャツが涙でぬれていく中、零時はここで平常心を取り戻し、重要なことを思い出した。
彼女には、両親がいないことを。

「……悪かった。だけど俺もお前を巻き込むのは嫌なんだ。だからそれ相応の覚悟がなきゃこれは決行に移せない、わかってくれ玲奈……」

「うん……わかってる、覚悟はできてる……でもお願い、無茶だけはしないで……」

「……あぁ」

二人はしばらく屋上に立ち尽くしたままだった。