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Re: SIGN‐サ イ ン   示セ、自分ヲ ( No.1 )
日時: 2009/12/01 19:06
名前: 朝喜 ◆Gc6dMQd7Rg (ID: cRxReSbI)

 見知らぬ少年に ありがとう


 ——そこはどこなのだろう、人が沢山いた。
 ——そこはどこなのだろう、真っ暗だった。いや、“真っ黒”だった。
 人の輪郭や色ははっきりしているのに背景の色が真っ黒。見えるはずの道路もなく、聳え立つビルもなく、ただ、ただ真っ黒だった。

「カズヒコさん。遊びましょ」
 見知らぬ少女がそう言った。
(……何い言ってんだ? 馬鹿か?)
 私はそう思った。
 残業で疲れ、妻の愚痴を聞いては疲れ、息子の悩み事を聞かされ、上司には怒鳴られ、部下には馬鹿にされ、コンビニでは小銭を落とし、横断歩道では危うく車に轢かれかけた。
 そんな状況に置かれてる私は、恥ずかしながらその少女に向けて(口に出してはいないが)罵倒していた。
(小娘が、独り言はトイレの個室でほざけ! お前の家のトイレットペーパー、全部焼失しろ!)
 我ながらなんて馬鹿みたいな悪口だ(いや、喋ってないけど)。
「カズヒコさん。あなたは、おねしょをしましたね。知っていますよ」
 そう言いながらその少女は私のスーツの裾をグイッと引っ張った。
 不気味でたまらなくなった私は、少女に目を向ける。不敵にもその少女はケタケタ笑いながら大きな瞳で覗き込むように私を見ていた。
 少女相手に恐怖のパラメーターがマックスに達し、理解不能と認識した私は大きく取り乱してしまった。
「『カズヒコ』って誰ッ!? それより私にさわるな、そして話しかけるな!」
 子供相手なんだからもう少し優しく言ってもよかったのかもしれない……そう思ったのは一瞬にも満たないわずかな刹那だった。
「樋口さん。あなたのことも知っていますよ。あなた。友達がいないでしょう?」
 ッ!?
「なんで私の名前を……? 怖ッ、そしてキモッ!?」
 こんどこそ大人気なかった。三十代後半のオヤジが「キモッ!?」って……。言った自分が酷く醜く思えた。……が、それも一瞬にも満たないわずかな刹那。
「ウフフフフフフ。うるさいわね」
 何が言いたいんだ、この小娘は。笑ってんだか私を黙らせたいんだか解らないヤツだな、まったく。
「うるさい。呪いますよ。今すぐにでも」
 ……私は今なにも言っていないんだが……。
 そこに、思いっきり第三者が話に割り込んでくる。
「呪う? 馬鹿げたこと言いますね」
 そういったのは二十代前半くらいの女性だった。
 汚らしい洋服を纏っており、目元のクマが目立つ。お世辞でも美人とはいえないだろう。
「あなたは関係ない」
 全くをもって同感だ。少女の言葉に同意する。……いや、そもそも私も関係ないのだが。
「今夜あなたたちの家に行きますね」
 怖ッ。
「私のうちにですか?」
 女性が「馬鹿じゃないの?」と言いたげにその不潔そうな顔を歪ませる。

 ——そこで気がついた。
 なぜかカチャカチャカチャカチャ音が鳴っていることに。
 辺りも見渡してもその音の発信源らしいものは伺えない。
 そして私はもう一つあることに気がついた。
 その「人が沢山いる“真っ黒”な場所」には老若男女問わず暗い印象でひ弱そうな人間が多かった事に。無論、私もその分類に入る。

「あなたたちの家にいく」
 ……? ……!?
 そこでようやく正気にもどった。
 というか、『たち』ってことは私もか!?
「分かりもしないくせに」
 そ、そうだよな、と女性の言葉と落ち着く私。
「来れるなら来たら? 知らないよ。どうなっても」
 私は思った。
(嗚呼、この女性も大人気ない。娘っ子相手になんて馬鹿な茶番に付き合ってるんだ)
 そこに、第三者ならぬ第四者が割り込んでくる。
「あんた達さ、これくらい無視したら? 思いやりと甘やかすのは違うんだからさ」
 そう言ったのは首にヘッドフォンを欠けた少年だった。ボサボサな髪の毛に頬のニキビが特徴的な悪ガキとでもいうような印象の少年。着ている黒いパーカーのヒモの片方がだらしなくのびている。気のせいか妙に懐かしい感じがするな。なんでだろ?
 歳は中学生あたりだろうか? それにしても流暢な喋り方だ。私もこの子を見習わなくては。
「えらそうに。そこのくろいひと、あたしに謝れ」
 少女の話は続く。
「呪われてもいいのなら。謝らなくていいよ。……聞いてた? 耳悪いね。手術してもらったほうがいいんじゃない? 早く謝りなさい」
 ……どのタイミングで謝ればよかったのだろう少年は苦笑していた。それにしてもかなり上から目線だな。
 そう思っていると、少女を無視しヘッドフォンの少年が私に話しかけてきた。

 気のせいかその間、ほんの一瞬だけ背景音のようなカチャカチャした音が止んでいた。
「——あんたは起きろ」
 その時の少年は誰もがほっとするような柔和な笑みを浮かべていた。
「……ありがとう」
 何故かそのあって間もない少年に心の底から感謝の気持ちが芽生えていた。
 理屈ではなく、心がその少年に対しての喜びの気持ちであふれてるのだろう。
 段々私の意識が薄れていくのを感じる。人間が睡眠状態に入るときもかんな感じなんだろうか…………

  *  *

「ん……んぅ〜……?」
 気がつくと私は、仕事場のパソコンの前にうつ伏せになって寝ていた。
 パソコンは起動したまま、なぜか見知らぬ掲示板のスレッドページになっており、どこかで聞いたような与太話が展開されている。
 時計を見る。
 午前三時二十四分。
 ……寝よう。

 翌日、私の携帯電話に変なメールが届いた。
『元の世界に戻れましたか?
     P.S. 何でか知りませんけど、どういたしまして』











                               見知らぬ少年に ありがとう    終