ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re:  SIGN‐サ イ ン  ( No.3 )
日時: 2009/12/04 19:05
名前: 朝喜 ◆rgd0U75T1. (ID: cRxReSbI)

 愛ってトマトの味がする


 私は……アレだった。
 いわゆる、アレだった。

 いわゆる、アイドルなのだ。

 別に自分を棚に乗せた比喩を言っているのではない。「学園のアイドル」だとか「仕事場のアイドル」だとか、そういうものじゃない。
 正真正銘、演技力や歌唱力を磨き、テレビに出て、ちゃんと「アイドル」になったのだ。
 あ、自己紹介が遅れた。私の名前は日佐知惠(かざしおん)。日佐が名字で、名が知惠。
 それで、えと、その業界に足を踏み入れたのは十五歳のとき。
 そんな若さでなれるものなのかと疑ったが、アイドルに年齢制限はない。漫画家だって小説家だって、環境が整ってさえいればゲームクリエイターや作曲家などにもなれなくもないのだ。
 ただ、そんなのにもなるとクラスでかなり浮いちゃう訳だ。
「見てー、テレビに出たからって調子に乗ってるぅ、キモ——い」「うわぁ〜、自慢しにきやがったよ、あっち行け!」「バーカバーカ」「死ね、偉そうに」
 別に気にしちゃいないが——なんか腹たつ!
「まぁまぁ、落ち着けってぇ、嫉妬なんて醜いもんだ、褒めたたえよう、ヤツらを」
「樋口(ひぐち)…………って誰が嫉妬するかッ!? なんで私があんなヤツらを褒めたたえなきゃならんのだ!」
 頭にきて樋口の頭を叩く。
「痛ッ……変な解釈すんなよぉ、お前に嫉妬してるヤツらがアホだから、せめて同情でもしてやろうって言ってるだけなのにぃ」
 ……いまいち解らない。そして回りくどい挑発の仕方だ。
 それを聞きつけてか、太った少年——松部が割り込んできた。
「誰がお前になんかシットするかよ!」
 図々しいにも程がある。あと嫉妬の発音も変だった。
「松部よぉ、嫉妬の意味ワ〜カリマスカ〜?」
「はっ? え? 知ってるし、何言っちゃってんの?」
 ……解らないヤツほど馬鹿な表情をするというがコレはまさにそれだった。
「……じゃあ言ってみろよ」
「……」
 そのデブは口ごもった。
 次の瞬間逆ギレ。
「なんでそんなこと言わなきゃいけねえんだよ!!」
「ハズレ、『自分よりすぐれている人をうらやみねたむこと』等が正解だぁ」
 確かにそんなんが正解だった気がするが……なんかちがくない?
「そうか?」
 うん。
「っそ、まあいいや。とりあえず猫見に行こうぜ? 猫。キャット」

  *  *

 って、結局デブやギャラリーを無視して体育館裏に来た。
 ここにはいつのまにか住み着いていた三毛猫がいる。
 ただの猫じゃない、エスパー猫だ。
 できることは意思の伝達くらいだけどね。
『だけ、で悪かったな』
 聞えなかった。けど感じた。そういう意思を感じる不思議な猫だ。
 名前はない。つけても『嫌だ』で押し返される。なぜだと訊くと『猫は猫だから』と“伝える”のだ。
「ってことは置いといて、日佐がクラスのヤツに嫉妬されてるのですが、猫クンはどう思いますか?」
 その三毛猫は私の方を向き、覗き込むようにして目を見る。
『どうもこうも、愛されてるんじゃない? 猫はそう思う』
 猫はそう思うって……ってゆうか、愛……ですか。
『人間はウソを吐く、好きなのに嫌いと言ったり、自分の想いを真っ直ぐ伝えられなかったりする。そういうものだろう』
 猫の癖に流暢な日本語を伝えてくれる猫だ。
「でもよぉ。日佐に向けられてるのは嫉妬以外の何物でもないぜ? 愛とは違う気がするな」
 同感。
「樋口の言うとぉ〜り!」
『? そうだな。“愛”ってゆうのは樋口が知恵ちゃんに向けてるもののことを言うんだよな』
「「な゛ッ!?」」
 ……ど〜でもいいことだが、この猫は女の子には「ちゃん」付けをする。
 のは置いといて、
「だ、誰が日佐なんかにッ——」
『? “友愛”だろ?』

 沈黙。

『とにかく、知惠ちゃんは愛されてる。だから意地悪したくなっちゃうんじゃないの? 人間ってさ』
 ——いつだかこの猫が言っていたことを思い出す。
 自らを“ヒト”と言っていた。珍しく「人間」ではなかったが、それはそれで少し不気味だった。
『むかし知り合いの人間が言ってたよ。愛ってトマトの味がするってさ』
 ……そんなことを言う人の顔を拝みたくなるよ。あとトマトの味なんてしないからね。解った?
 次ぎの瞬間「ベチョッ」という音が背後から聞えた。
 振り返るとそこには赤いつぶれた何かが一つ。
 校舎の方を向く。この学校の体育館は校舎と繋がっているので屋上からならこの場所が見える。
 もしも、もしも、だ。
 この落ちてきた赤いのが、その、……トマトで、この向けられてる思いが、その、……愛、だとしよう。
 トマトがなんで降ってきたのかも気になったが、それ以前にこの猫は怖い。怖いったら怖いよ。愛ってトマトの味がするんだ——馬鹿みたい……。
「愛がトマトの味する訳ねーだろ〜が! 落ち着け! 日佐!」
「いや、この猫が言ってるんだ!? きっと愛ってトマトの味がするんだッ!? 私トマト大ッ嫌いなのにッ!?」
『知惠ちゃんがトチ狂ったッ!? 落ち着け、きっとなにかの比喩だ——』
 次の瞬間、私の頭になにかが落ちてきた。赤くてみずみずしくて、トマトみたいな臭いのするなにかが。
 舐めて見る。
 ……トマトの味がした。


「……愛ってトマトの味がする。——大ッ嫌い……」


 空を見上げると、屋上で気持ち悪い顔が笑っていた。
 誰もが嫌悪しそうな気持ち悪いデブの顔。そのブサイクな顔が笑っていた。気持ち悪く陰鬱に。
 そして、楽しげな笑い声がした。
 楽しいって感じのする笑い声が真横から。
「クスクス……ご、ごめん、つい……クスクス」
『猫もちょっとだけね。あ、そういえばさ、今日変な夢みたんだ。樋口のお父さんが変な目に会う夢なんだけどね——』
 その後も私は樋口と猫とで話し合って。怒って笑って、ふざけ半分でからかい合って。
 もう一度、頭に着いてるトマトを舐めて見る。



 なんだかよく解らないけど——ほんのちょっぴり、うまく言えないんだけど、えと、その……

 トマトの味がした————
 ちなみに、不味かった——








                                    愛ってトマトの味がする   終