ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Fate of Chains-運命の鎖- ( No.16 )
日時: 2009/12/02 20:54
名前: 更紗@某さん ◆h6PkENFbA. (ID: YpJH/4Jm)

Episode09
Shadow-光の裏側-

 此処はパラレルワールド——つまり異世界レーヴの西部ウエスト。そこにはレーヴの中でも五本指に数えられる大貴族——ワーズワース公爵家の屋敷がある。
 ウエスト支部支部長であるルイス=スプリングフィールドは、わざわざどこに出かけたのかと思えば、ワーズワース公爵家の当主であるアシュレイ=ワーズワースに会いに行ってたのだ。
 そして今、ルイスとワーズワース公は一部屋のソファに腰をかけ、紅茶を啜っているところである。

「いやあ、お変わりないようですねワーズワース公。ていうか、ワーズワース公が出す紅茶はいつもアールグレイばっかりですね。たまには他のもないんですか? 此処に来るといつも大量のアールグレイをお土産に渡されて、正直もう飽きましたよ。次からはミルクティーでお願いします」
「何を言っている、アールグレイといえば紅茶の王道だろう。でもルイス君がそこまで言うのなら、今度はアッサムを使ったミルクティーにでもしてみるか。そういえばこんなところにミルクが、折角だから淹れてやるとしよう」

 そう言ってワーズワース公は、テーブルに置いてあるティーポットを手にする。そしてその中に入ってあるミルクを、全てルイスのカップに注いだ。
 ゴボゴボと容赦なく注がれていくミルクに、さすがにミルクティーが良いと言ったルイスも目が点になる。

「え? あの、ワーズワース公? ちょ、すいません。もしかして怒ってますか? アールグレイ飽きたって言ったの怒ってますか? アッサムを使ったミルクティーですよね? これアールグレイですよ? 怒りでアールグレイかも分からなくなやめてえええええええええ!!」

 ルイスの悲痛な叫びをあげた時には既に、ポットのミルクが全て注ぎ込まれた後だった。無論ルイスの紅茶は白々しくなったのだが、それよりもミルクがカップから溢れてテーブルに零れている。

「何かね?」
「え『何かね?』じゃなくて……。零れていますよ? そんなにアールグレイが好きでしたか。でもアールグレイ飽きたんですよ僕ってちょっとやめごぶごっちょやめごぶっ!」

 ルイスの言葉など完全にスルーし、口に無理矢理カップごと白々しい紅茶を突っ込む。隅では、従者であるエステルが零れた紅茶を雑巾で拭いているという、何とも奇妙な光景だ。
 ワーズワース公はルイスの口に紅茶を無理矢理飲ませた後、話を切り出した。

「で、君は頼み事があって此処に来たようだが、それは既に私が済ませておいたよ。君の頼み事、それは——セシル=エヴェレットがレーヴに来た事を、トランプ本部、そして他の五大公にバレないようにする事だろう?」

 見事に言い当てるワーズワース公に、ルイスは白くなった口を拭きもしないで拍手をする。
 五大公とは、ワーズワース公爵家を含めた国の絶対権力者達だ。どんな事でも彼らが是であっても非と言えば、白であっても黒と言えば、物事が言ったとおりになってしまうという、まさに国王のような力を持つ。

「ええ、そういう事です。五大公で僕が相談できるのと言ったら、貴方くらいしかいませんからねえ……。レイシーちゃんの透視で前もって分かっていたとはいえ、重大な事柄である事に変わりはありませんから。……まさか、あの子が此処に帰ってくるとは」
「……で、そのセシル=エヴェレットをトランプに入らせるなど、君の思考回路を疑うよ。まさか、白兎の事だけでなくエーテルの事や10年前の事まで話したわけではあるまい?」

 先程の空気とは打って変わり、段々と限られた者しか知らないような裏の話になってきた。ついさっきまでふざけていた二人だが、話が切り替わったのと同時に、口調にどこか重みがある。
 ワーズワース公の言葉に、口の周りの白いまくを拭き取りながら答える。

「レーヴで生み落とされた、特殊な力を持つ生命体の総称、それがエーテル——そんな事僕が教えなくても、クレイグが教えてしまうでしょう。それにトランプに入るなら、いずれは知る事ですし。——さすがに10年前の事までは教えてはいませんけど」

 そう言ってにこりと笑う。ワーズワース公も愛想笑いを作る。
 表情からどんな心境かは分からない。この時二人は何を考えていたのか——それは二人しか知りえない事だろう。
 まくを拭き終えたルイスは、明るい口調に切り替えて喋り始める。

「今日は有難うございました、ワーズワース公。僕は今日はこれで帰りますが、たまにはエステルだけに働かせておかないで、自分も手伝ってあげたらどうです?」
「マスターの命は絶対ですので、問題ありません。お気遣い有難うございます、ルイス様」

 「いえいえ」と微笑すると、ソファにかけてあったコートを羽織り、部屋を出て行った。エステルはルイスを玄関までお見送りしようと、同じく部屋を出て行く。
 ルイスとエステルがいなくなった部屋で、ワーズワース公は一人呟く。

「まったく、ルイス君は何を考えているのか——長らく生きてきた私だが、これだけは私にも分からない」

 *

 トランプウエスト支部。その馬鹿でかい屋敷の屋根の上で、ルチアは長い金髪の髪を靡かせながら、一人立っていた。その顔は嬉しさも、悲しさも、怒りも何も表してはいなく。

「セシル=エヴェレット、彼は何故帰れないだけで泣くのか。何故面接試験を受けれるというだけで喜ぶのか。実に理解できません」

 微風にルチアの髪が流れるように靡いていく。誰も見てはいないが、それはとても美しく。

「あれが人間という生き物の——“ココロ“なのか」

 ルチアの呟きは誰にも聞かれる事なく、只この変わりのない街の空気へと溶け込んでいった。