ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Fate of Chains-運命の鎖- ( No.2 )
- 日時: 2009/12/01 18:46
- 名前: 更紗@某さん ◆h6PkENFbA. (ID: YpJH/4Jm)
Episode01
Temptation-ウサギの誘い-
<おいで、おいで、こっちに……>
「ん……?」
何か聞こえた気がして、白髪に蒼と赤のオッドアイを持つ少年——セシルは後ろを振り返る。だが此処は森。セシルの視界に映っているのは、うっとおしい程の木々だけ。聞こえた声は優しげな青年の声だから、セシルは勿論、今一緒に此処にいる女性でもない。
きっと空耳だったんだ、セシルはそう結論付ける事にした。
<おいで、おいで、セシル=エヴェレット……>
しかしまた何か聞こえる。セシルの名を呼ぶ声が何回も繰り返し、繰り返しエコーのように聞こえてくる。それも耳からじゃない、テレパシーのように直接頭に響いてくる。
——誰なんだろう……僕を呼ぶ声は。
声が段々と、セシルの頭を圧迫するように重々しく響く。
——駄目だ……意識が遠のいていく……。
「セシル? どうしたの?」
そこを間一髪、金髪に赤い瞳の女性——シャーロット、通称ロッティの声でセシルはハッとなって意識を取り戻した。
シャーロットが読んでくれなかったら、セシルはどうなっていたことか……。思わずホッとなる。
そういえば今の声は何だったのか。頭に響いてきた声が何かを考えてみても、まったく分からない。
何やら考え込んでいるセシルを心配したのか、シャーロットがセシルの顔を覗き込む。
「いや……何でもないよロッティ姉さん」
そう言ってはぐらかした。何でもなかったわけじゃない。が、頭に響いてきた声の事なんて言ったところで、答えが見つかるわけでもない。
「そう……。あ、そうえいばそろそろお昼ね。メリッサがお昼を用意して待っているわ。お屋敷に戻らないと」
そういえばもうすぐお昼なんだな——セシルは半ズボンのポケットから、懐中時計を取り出す。時計の針は1時を指していた。
——メリッサはもうお昼を用意して待ってるんだろうな……。
セシルの家はエヴェレット家という大貴族で、今いる森も実はエヴェレット家が所有している。
そしてメリッサとはセシルの小さい時から、そのエヴェレット家に仕えているメイドだ。けれどセシルやシャーロットは、メイドとしてではなく友達として接している。
その友達を待たせては悪いと思い、セシルは屋敷に戻ろうと思った。
「うん、戻ろうか」
懐中時計を閉じ、帰ろうと屋敷の方向へと歩き始めたその時、いきなり激しい頭痛に襲われた。
<行っては駄目だよ……。セシル、こっちに……>
だがそれを邪魔するかのように、またあの声が響いてきた。しかも今のはさっきの声よりも、ずっと重々しく頭に圧し掛かってくる。
「……姉さん、ちょっと先に帰ってて。僕も後ですぐ追うから……」
最初は「駄目よ」と反対したシャーロットだが、セシルが「いいから」と言うと、心配そうにセシルを見ながらも、屋敷の方へと帰って行った。
シャーロットがいなくなると、先程の頭痛は何とか治まったが、まだ声は聞こえる。
——何なんだろう、この声は……。
始めのうちは早く治まってほしいと思っていたセシルだが、声が聞こえてくるうちにある事に気づいた。頭に響いてくる声に、どこか懐かしさがあることを。
<早くこっちに……>
頭に直接響いてくるから、どこから聞こえているのかは分からない。
でも気づけばセシルの身体は自然と歩き始めていた——この先に声の持ち主がいる気がして。
自然と動く身体に従い、辿り着いた場所には爽やかな雰囲気の一人の青年がいた。頭に白いウサギの耳の付いているミニハットをのせているという、少々変わった外見を除けば、セシルより何歳か年上のごく普通の青年だ。
「やあ。随分と時間が掛かったね、セシル=エヴェレット」
眼前の青年は、にこりと笑みを浮かべて挨拶をした。
——ああ……この声、さっき僕を呼んでいた声と同じだ。
「え……えっと、こんにちは」
いきなり自分の名前を呼ばれ、途惑いつつもセシルは挨拶を返した。
一つ頭に引っかかる事があった。それは何故、初対面の青年が自分の名前を知っているか——という事だ。頭に手を当て考えてみるが、一向に分からない。
「何で初対面のオレが、君の名前を知っているか……でいいのかな?」
セシルはその言葉にビクッと肩を震わせた。何故分かったのか、それとも単にセシルが分かりやすかっただけなのか……。
セシルの反応を見て、青年はにこりと微笑した。
「図星のようだね?」
一瞬、ほんの一瞬青年の姿が消えた。そして一秒も経たないうちに、青年はセシルの目の前にいた。
そんな馬鹿な……青年とセシルの間には、10mもの差があった。これではまるで瞬間移動だ……。
「答えは簡単、オレが君のことを知っているから。それだけだよ」