ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Fate of Chains-運命の鎖- ( No.4 )
日時: 2009/12/01 18:48
名前: 更紗@某さん ◆h6PkENFbA. (ID: YpJH/4Jm)

Episode03
Black and Black-黒服の二人-

 *

「はっ、離せっ! 僕をどこに連れていく気だ!」
「はいはい、五月蝿いよ」

 セシルがいくら騒いでも、フランはそれを軽く受け流している。小さな子供を扱うように。まあセシルは14歳の割には結構背小さいから、実際の歳より子供っぽく見えるのかもしれないが。
 セシル達は先程闇に飲まれ——いや、フランに意図的に引きずり込まれ、どこかも分からない巨大な黒いトンネルの中にいる。
 こんなところに引きずり込まれ、自分は一体どうなってしまうのかと思ったセシル。だがフランはセシルを楽々と抱えしかも風船のように浮遊している。
 今の事といい、声といいフランは本当に何者なのか。まるで魔術師のようだ。
 だが今は感心している場合ではない。早くどうにかして逃げないといけない。このまま連れて行かれたら、自分は一体どうなってしまうのか……。そう考えると恐ろしくなってくる。
 とりあえず今はフランの様子を見る事にした。急にセシルが黙ったせいか、フラン顔を覗き込んでくる。

「ん? 急に黙ったようだけど、何を考えているのかな?」

 その表情はさっきのにやりとした妖しい笑顔。その笑顔に気圧され、一瞬セシルは「ひっ……」と声を漏らしそうになった。
 ——駄目だ負けちゃ、ロッティ姉さんのところに帰る為にも……。
 セシルはそう自分に言い聞かせる。が、そんなセシルの考えを見事にフランは見破った。

「早く帰りたいようだね? でも……」

 突然、どこからともなく伸びてきた鎖がセシルの首元に飛び込んでくる。鎖の先端は刃物のように尖っていて、あと1mmでも動いたら確実にセシルの首元に突き刺さっていただろう。

「悪いけど、君を帰すわけにはいかないんだよねえ」

 そうセシルに笑みを見せるフラン。フランの左手にはついさっきまで、セシルの首元に突き刺さろうとしていた先の尖った鎖。
 今までは特に感じていなかったが、この瞬間恐怖と危機感がセシルを襲う。セシルはすーっと顔から、血の気が引いていくのを感じた。
 先刻フランの事を「魔術師みたいだ」と例えたが、これじゃ本当に魔術師ではないか……。鎖なんてフランは持っていなかったはずなのに。
 セシルが完全に怖気付いたのを見ると、フランはにっこりと笑って追い討ちをかけるように言う。

「君みたいな人間じゃあ俺みたいな”エーテル”には勝てない。例え100%全力を出したとしても、俺は5%ほどの力も出さずに君を殺せる。だからさ……あんまり余計な事考えると、殺しちゃうぞ」

 笑顔で声も弾んでいたが、目は軽く本気だった。
 ——駄目だ……。これじゃ逃げ出すなんてとてもできやしない……。
 エーテルなどとワケの分からない単語も出てきたが、今のセシルはそんな事を考えている暇はない。
 セシルをわざわざ連れ去ってきたという事は、そう易々と殺すつもりはないだろうけど、少しくらいなら簡単に傷をつけてしまうだろう。
 考えれば考える程怖くなる。その時だった。

「白兎、一体誰を殺すんですか?」

 風を切って、銀色に光るナイフがフランのすぐ横を通り過ぎた。フランはナイフが飛んできた方向を見て、にこりと笑いかける。
 視線の先にいたのは太股の中間まである長い金髪と、エメラルドの瞳を持つ黒服の少女——ルチア。それと黒いコートにガンベルトを身に着けている、血のような紅い眼を持つ黒髪の少年——クレイグだった。

「まったく、不意打ちなんて危ないなあ……。相変わらずそうだね、三月ウサギ(マーチヘアー)それと黒狼(ルー・ノワール)……いや、それは通り名だから、クレ……グレイ? クレア? だっけ?」

 フランはふざけたようにケラケラと笑う。
 そんなフランを無視するかのように、銃声が響き渡ったかと思うと、銃弾がフランの右腕をかすって傷口から血が出ていた。右腕で抱えられていたセシルはそのまま落下していったが、そこをルチアが小さな身体で軽く受けとめた。
 クレイグは銀で装飾されている、黒の装飾銃をガンベルトに仕舞うと、吐き捨てるように言った。

「……グレイでもクレアでもねーよ。クレイグ=バーネットだ。何回も顔合わせてんだから、いい加減覚えろ白ウサギ」

 フランは腕を掠っただけとはいえ、銃で撃たれた事を何にも気にせずポンと手を叩く。

「ああ、クレイグだったね。通り名の方で覚えてたから、すっかり忘れてたよ」

 わざとらしく言うフランに、クレイグは「チッ」と舌打ちをした。

「まあ仕方ありませんね。貴方の名前なんて覚える必要は欠片もありません。つまりは貴方の存在を記憶に刻んでおく必要も、まったくありません」
「理論は意味不明だが、とりあえず俺に喧嘩を売っているって事くらいは分かる」
「貴方では、私に髪の毛一本触れる事さえできませんよ」
 
 セシルを片手で抱えながら、無表情で毒舌を吐くルチア。それに対して段々と殺気を纏っていくクレイグ。漫画でよくあるバチバチと火花が散る光景が、今見れたような気がしなくもない。
 それだけならまだしも、ルチアは暗殺用の軽いダガー、クレイグは先程の装飾銃を手にかけ、今にでも殺し合いを始めそうなところが怖い。フランもさすがにこの光景には呆れているらしく、何もせずにその光景を眺めていた。セシルも巻き込まれたくないので、口出しせずに見ている。

「……まあいいや。こんな事してたら、またレイシーさんに怒られるからな……。んじゃそういう事で」

 クレイグはフランの方へと身体の向きを変えると、手に持っていた装飾銃をフランへと向ける。

「白兎、ヴェステン支部支部長ルイス=スプリングフィールドの命により、お前を拘束する。おとなしくして貰おうか」
「……嫌だと言っ。って危なっ!」

 フランが言い終える前に、ルチアがダガーを矢のように投げた。フランは一見ギリギリ避けたかのように見えたが、左手にはルチアが投げたダガーが握られている。

「さすが、ととりあえず言っておきます。ですがこっちは二人。対してそっちは貴方一人。勝ち目はありません、おとなしく拘束された方が身の為では?」

 ルチアは驚きもせず無表情で感想を述べる。
 感情を表さず噛みもせず言葉を紡ぐその姿は、まるでロボットだ。
 そしてどこから取り出したのか、さっき投げたのと同じダガーがルチアの手には握られていた。それに合わせてクレイグも銃をフランへと向ける。
 この危機的状況にフランは焦りの色など一つも見せない。むしろ余裕と言わんばかりに笑っている。

「何が可笑しいのですか?」
「……いやさ、もしオレが君達に勝てなかったとしてもね」

 そう言うと、フランは右手をグッと握った。そして突然そこから眩いフラッシュが放たれた。
 あまりにも眩しすぎて、セシルたちは目を開ける事ができない。どんな表情で言っているのかは分からないが、光の中でフランの声が聞こえた。

「此処は一旦退かせて貰うよ。どうせその子——セシル=エヴェレットを保護した事で、そっちの目的は半分果たされたんだろう? その子は一時そっちにくれてやる、だけどいつか——オレはその子を奪いにまた現れる」
「っ! 待て!」

 クレイグがそう叫んだ時にはフラッシュは止み、既にフランはその場にはいなかった。

「……あのゴキブリウサギ、今度会った時には原型を留めないまでに切り刻んでやります」

 沈黙の中、ただルチアの何やらグロテスクな呟きだけが紡がれ、消えていった——。