ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

闇ニ舞ウ記憶ノ欠片 ( No.17 )
日時: 2010/02/04 19:58
名前: 黒翼 ◆ERZNJWqIeE (ID: kI4KFa7C)
参照: http://all-star5-knksk.cocolog-nifty.com/blog/

 冊子【終焉を告げるは夢】

——時間稼ぎの冊子公開だって。格好悪いよねぇ。
 「仕方ないだろ? 『携帯召使』以降は下書きがないんだから」
——言い訳? 格好悪いなぁ……館長として情けなくない?
 「う、五月蠅い! 取りあえず番外編、始めます! 夏休みに書いたんで文章劣ってます!
  あと名前は置き換えなんで、間違いあったら指摘してください!」





光は射せど——
地へ架かる螺旋の階段は永遠に続いてゆく——



ある街角の路地裏には、奈落へ続く穴があるとその町で噂になっていた。
男子中学生の3人——
だらしなさそうに制服を着崩して装飾した藤野、
ブレザーのボタンを全開に開けて黒髪を僅かに立てた出雲、
ワイシャツの第二ボタンまでが開いた茶髪に眼鏡を掛けた飛鳥が
遊びに、とその場所まで行ったと、彼らの友達は言う。
すぐ戻る、という言葉と裏腹に、取り返しのつかぬ事態になることは誰も想像しえなかっただろう。



路地裏に到着した3人は、着くなり駆け寄って穴を覗きこむ。

「底がねェってのには納得のいく暗さだな……」
「同感だな」

出雲と飛鳥は直径1メートル程の穴を興味深そうに覗き込む。
藤野は出雲に誘われるがまま、穴を覗きに行った。
藤野は「すげぇ」と言わんばかりの顔をして飛鳥と顔を見合わせた。
余程惹きつけられたのか、出雲だけは未だに興味深そうに覗きこんでいた。
穴に吸い寄せられるように風が出雲の態勢を崩した。

「……は?」

出雲は動いてもいないのに足を滑らせたように穴に右足を浮かせた。
そのままバランスを崩して引き寄せられるように右足を穴に踏み入れる。

「ぁえ!?」

藤野が出雲の陥っている状況を半ば理解しないままに驚く。

「なにやってんだよ!」

飛鳥は穴に落ちかかった出雲に手を差し伸べる。
出雲の手を間一髪で捉え、なんとか助けることが出来た。
穴の底から出雲のスクールバッグが地に着く音がした。

「——ッ!」
「大丈夫か!?」

出雲は、性にも合わず怯えながら頷いた。

「死ぬかと思った……ありがとう」
「それより……引き上げん……ぞ……!」

飛鳥は必死で出雲を穴から引き上げる。顔を難しくして、硬直していた藤野も我に返り、出雲の救出を試みた。
藤野は飛鳥の手に自分の手を添えて、出雲を2人掛かりで引き上げる。
その最中に、出雲の横をなにかが過ぎた。

「——落としたか」

そう呟いた飛鳥の顔には、掛かっているはずの眼鏡がなかった。
出雲はフリーだった右手を穴の淵にかけて、次に右足、左足とを自力で乗せて這い上がった。

「ったく……」
「底はあるみたいだな」
「死にかけたドジは凝りとけ」

3人の会話は、いつもと何変わらず楽しそうだった。
だが、底を知ってしまった彼らには、底知れない地獄が待っていた。
底を知った彼らは、好奇心を増していく。
出雲を引きこんだ『彼』は、決して3人を逃がしはしない——



「俺はあんなドジ踏まねェよ」

出雲は胡坐をかいて2人に言った。

「じゃあなんだよ」

飛鳥は笑い混じりに出雲に問う。

「……俺の右足、掴みやがった」

出雲は腕を組み、真面目な顔つきで言った。
藤野は出雲の向かいに座りこんで、話を聞く。

「定番なこと聞くけど、アザある?」
「ん……」

出雲はズボンを捲りあげた。
見事な人の手の形をした青アザが出雲の足首に出来上がっていた。

「アザになるくらい強くはなかったと思うけどな……」
「呪いだったりしてな」
「よせよ、輝」

笑いながらの飛鳥の発言に、出雲もまた笑って返した。
だが、出雲が意識を保っていられるのは、ここまででが限界だった。

『空ケ渡セ』
「——?」
「雄治?」
「今、声が——っ」

出雲はあたりを見回した。後に頭を抱え込み、顔を歪めた。

「——ぁぁあッ!」
「雄治!? どうした!?」

急に喘ぎだす出雲の肩に手を置き、藤野は出雲を揺すった。
飛鳥は自分の鞄から携帯を取り出し、119番に速攻で掛けた。

「——ぁっ……あき、ら……?」
「雄治?」
「俺は大丈夫……それよりさ、底があるなら入ってみようぜ!」

出雲の様子はどこかおかしかった。
嫌に明るく、楽しんでいるような——

「いいのか?」
「せーの、で飛び込もうぜ!」

藤野も飛鳥も、違和感のある出雲に不審を抱いたが、親友を信じ、穴へ飛び込んだ。
出雲——否、『彼』の欲望は、この瞬間に叶うこととなった。

「——痛ッ!」
「輝!?」

落ちた衝撃とその上に着地してしまった藤野で、飛鳥の右足は自由が利かなくなってしまった。

「ごめんっ——!」

藤野は飛鳥に謝った。飛鳥はそれを宥めるように許した。
藤野と飛鳥の声は響くも、出雲の声だけは聞こえない。

「雄治……?」





「ん……」

出雲はゆっくりと目を開け、上半身を起こした。
藤野を見つけようと、見えないあたりを見まわすが、見えるのは漆黒の闇だけ。

「アキ……輝……」
「雄治……其処から前に歩いてきて」

出雲は声だけ聞こえる藤野に言われるがまま、真っ直ぐに歩いて行った。
その場所に、闇に溶けたように藤野は立っていた。

「晶……!」
「雄治!」

抱き合った瞬間、出雲を襲ったのは、痛み——
生温かい鮮血が、出雲の腹から滴る。

「晶じゃ……」
『オ疲レ様』

力なく倒れた出雲の右足首には、青アザがなかった。
変わりに、藤野に扮装した青い——不気味に微笑んだ巨人が立っているだけだった。
『彼』は、欲望に利用した出雲を捨て、次は『彼』自身の手で2人に手を下す。
餌食となる時間は、近し——



「輝……」
「——ごめんな、晶……逃げてくれ」
「嫌だ……置いてけない」

藤野は飛鳥の足を見て憂いの表情を浮かべていた。
俯き、それを悔やむかの様に。飛鳥は「仕方なかったんだよ」と、藤野を慰めた。

『——見ツケタ』
藤野は、その巨人を見た瞬間、肩を竦ませた。
飛鳥もそちらに視線をやり、藤野に笑いかけた。

「晶——逃げて」
「でも……」
「早く! 俺たちの分も生きろ!」

飛鳥は藤野に笑い、そして泣いた。
藤野は、その意思を受け取り。
駈け出した。

「晶、ありがとう——」

飛鳥は、巨人に弄ばれた後に、頭部を失うこととなった。

『後ハ——オ前ダケダ、藤野アキラ——』

残酷な運命からは、逃れることが出来ない——
抗えぬ宿命を、藤野は受け入れなければならない。
好奇心が招く、永遠の悪夢——
それこそが、奈落。



「っ、光——」

穴の下、一筋の光が差し込むところに、光まで届く螺旋の階段があった。
光と陰——人間の性格が表裏一体となったような——を表した歪な階段だった。

「オレたちの落ちたところに階段なんかなかった……穴はほかにもあるっつーのかよ」

藤野のもとへも、やはり巨人は現れた。
不敵に笑みを浮かべ、舌舐めずりをする。
その音に気付いた藤野は、振り返ってしまう。
——藤野だけは、その存在にも恐怖を抱くこととなろう。

「——っ!?」

巨大な顔に収まる大きさの違う目。不気味に笑っている血痕が残った唇。
大きな頭にはつり合わない、160センチ程の身体。

「デカい……!」

藤野の足は震えていた。
立ちあがろうと必死で手を床に立てるが、おぞましい殺気に負けて立てなかった。

『俺たちの分も生きろ——』
「雄治……輝……」

藤野は2人の気持ちを無駄にはせず、その場から走り去った。
背後から追ってくる巨人。『彼』により、藤野の希望はすでにかき消されていた。

「さっきの螺旋階段……!」

藤野は光の射す方向へと駈け出した。
青の巨人は笑った。藤野を追うように、つかず離れずのスピードで——

『無駄ナこと……』



「——長すぎやしねぇか……? コレ……」

藤野は螺旋階段を駆け上がっていた。
青の巨人はまだ現れていない。

『止マッタ時ガ、オ前ノたいむりみっとダ』
「は——?」

藤野の脳に直接伝わる死の宣告——
藤野は止まることを制限され、走ることを余儀なくされた。

「誰だよ!? ふざけるな!」

藤野が止まった時、下から階段を上ってくる音が響く。
走るたびに藤野の足はじきに朽ち果て、2人の二の舞となるだろう。

「はや……い……!」

姿が見えようかという距離で藤野は走り出した。
つかず、離れず。つまり——
藤野は、走っても疲れるだけであり、止まっても自らの終焉を迎えることになる。

「いつまでっ……続くんだよ!」

疾走悪夢——
その螺旋階段に果ては存在しない。
藤野は在りもしない光に向かって、虚しく続く虚無への階段を駆け上がっていった。
永遠に逃れられぬ闇。奈落には底が存在する。だが、いくら手を伸ばそうと光を掴むことはない。
藤野は、延々と続く螺旋階段を上り、巨人から逃げるしかない。
だが、彼を待ち受けるのは——『すべての終焉』。
やがて、射しこむ光は大きくなる——
が、背後の巨人は笑っていた。

『ジラスナヨ』

藤野に巨人の持つ『口』という名の虚無が被さるその瞬間——






 











 











 













 














 














 










 













 







「っつー夢を見たんだけどさ」
「俺もみた!」
「絶対あれ隣町だよな」
「行ってみっか!」

藤野も、出雲も、飛鳥も、生きる好奇心を抑えはしなかった。
夢の中に生きる少年たちは、永遠に目覚めぬ夢主の夢からは逃げだせない。
——現実は、誰かの夢である。

『抗エヌ宿命ダト言ッタダロウ』



光は射せど——
地へ架かる螺旋の階段は永遠に続いてゆく——
見える光、包む闇、掴めぬ光、囚われの無垢な少年たち。
もとの世界には二度と戻ることなかれ——