ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 黒の惨状 ( No.12 )
- 日時: 2009/12/13 19:30
- 名前: たきばね ◆rvP2OfR3pc (ID: AzSkpKat)
第七話
物凄く痛い、と思ったら、その瞬間はあっという間に過ぎていった。
「いってええ!」
秋久は顔を抑え、蠢く。眠っていた頭が、一気に覚めていった。
「ちょ…おじさん!どういう起こし方ですが!」
「声をかけても起きないこいつが悪い」
老人は古びたゴツいブーツを履き、長く厚いコートを着ていた。鳥が住めそうなごあごあした髪と合わせると、何かの冒険物語にでてくる「頼りになる強キャラ」のようだ。
短気な老人は、数回声をかけても起きない秋久に、容赦なく顔面を靴で踏んだ。
「大丈夫?宮城くん」
まだ眠たそうな顔の皐月は、秋久を心配しながら荷物をまとめていた。空はまだ薄暗く、太陽は東の山に数センチほど顔を見せた程度だった。
「…どうしたんだよ」
「私もよく分からないんだけど…とにかく急がないといけないらしい」
部屋にあるありったけの薬とタオル。少しの食料を小さなカバンにつめる皐月。外の様子をしきりに気にする老人。緊迫感が漂っていた。
「ここをでる」
老人が短く言う。
「は?今からか?」
「ああ。急がなければ」
「多分、死ぬぞ」
ゆっくりと建物を降りる。老人は何を言っても、言わない事は言わない性分だと、嫌なほど昨夜の口論でわかっている。
「ひゃっ……」
皐月が小さな悲鳴をあげた。秋久は後ろを向くと、皐月が路地の間に目をやっている。顔も青ざめていた。
「どうした?」
秋久も路地の間を見る。秋久は思わず目を細めた。
人が、人が三十、四十人も入り乱れ、倒れている。細い路地に密集した死体。近づくと異臭を漂わせていた。
惨い。黒い。これが黒の惨状———。
「…行くぞ…」
秋久は目を細めたまま、皐月の肩を押した。あれだけの惨状をみて、小さな悲鳴一つとは、なかなか肝が据わっていると秋久は思った。今、自分自身一人なら、泣きじゃくっていたかもしれないと情けなくも感じた。
「お前らはそこで止まっていろ」
日の光から隠れるように進んでいくと、老人がストップをかける。
言われた通り止まっていると、五分たっても老人は戻ってこなかった。さすがに黙っていられなくなった秋久は、皐月に「ちょっと見てくる」といって、老人を追いかける。
少し進むと、老人の影があった。老人は建物の影から、大通りをじっと見つめているようだった。
「おい。どうしたんだ」
「静かにしろ」
老人は吐息のような声でいう。秋久は老人に近づく。改めて小さな声で言った。
「どうしたんだよ」
そういうと、老人は一歩下がって、秋久を無言で見た。秋久は老人の目をみて、なんとなく流れで理解した。
秋久はそっと建物の影から、日の当たる大通りを見た。太陽はいつの間にか地を照らしていた。
「……!」
すぐに一歩下がり、目を見開いたまま、老人を見た。