ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 黒の惨状 ( No.13 )
- 日時: 2009/12/13 19:38
- 名前: たきばね ◆rvP2OfR3pc (ID: AzSkpKat)
「あれは…なんだ?」
動揺を隠せなかった。いつの間にか自分は、映画の中の世界にでも来たかのかと思った。
「おそらく——」
逆光を浴び、大きな影を造っていた。何人もの人間が「それ」を中心に動き回り、着々と準備が進んでいるといった感じだった。「それ」は秋久もテレビや写真の中で目にした事があるもの——。
長く太い、大きな大砲だった。
「あれでここ一帯を一気に「はらう」気じゃないか?」
老人は他事のようにため息をついた。秋久は驚きで声を発する事ができなかった。
「そんな…そんな事してどうする…!」
声が震えていた。怒りか恐怖か、分からないが、頭が混乱しているのは分かる。
「多分、日本中で一番むごい被害を受けたのはここだろう。こんな不利になるような虐殺的な証拠を、警察派が残しておくはずがない。隠滅だよ」
「まだ…俺らの他に生きている人間だって居るかもしれないのにか!」
秋久は声をあげる。老人は冷静に秋久を見つめ、人差し指を口へ当てた。秋久は下唇を噛み、拳を握る。
「政府派は…気付かないのかよ…自分達のサークルがこんな目に合うのに…」
秋久はすっかり力を無くした。その場にしゃがみこむ。朝の冷たい風が、頬を横切る。
「———その方が都合が良いのさ……」
老人の声が風と化する。秋久は顔をあげた。老人はもう元来た道を引き返していた。
秋久は立ち上がり、老人の方へ駆けていった。
「おい、どうするんだよ」
秋久は不安そうに問うと、早歩きのまま、
「ここでお前一人に説明しても、またあの娘に説明しなきゃいけない。それでは面倒だ」
秋久はそう言われ、黙った。でも一応、何か策があるんだと思うと、少しだけ気持ちが楽になった。
引き返していると、こっちに向かってくる皐月の姿があった。お互い驚いた顔で駆け寄った。
「あの…ごめんなさい。遅いから、私も心配になっちゃって…」
「いや、別にいいよ」
「よく聞け」
皐月は老人が急かすのを聞いて、眉を顰めた。老人は気にせず説明をする。
「ここを出る。強行突破だ」
「…?」
老人は淡々と言うが、言っていることはめちゃくちゃだ。皐月は何が何だか分からないといった表情だ。
「おい…何も説明になってないし、めちゃくちゃだぞ!」
そういうと老人は秋久を見た。秋久は睨まれているように見え、睨み返すと、老人は鼻を鳴らした。
「ど、どうしたの?」
皐月は小声で言う。
老人は何も説明しないまま、歩き出した。
「着いて来い」
二人は顔を見合わせ、同時にため息をついた。仕方なく、黙ってついていく事にした。
裏通りをくぐり、複雑に道を通っていく。秋久はここの住人ではないため、どこへ向かっているのかさっぱり解らなかった。
「ねえ、ここを離れるなら大通りを出た方がいいわよ?なんでこんな大回りするの?」
皐月は老人に疑問を投げかけた。
「お前、説明してやれ」
老人は前を向いたまま言った。結局、老人は何も説明しない。先ほど言った事とまったく違う。秋久はため息をついた。皐月は秋久を見る。
「なんか…大通りに大砲みたいなものがあって、たぶんそれでここを滅するんだと思う・・・って老人が」
皐月は口を開けたまま黙ってた。いわゆる「ぽかん」という表情だ。
「説明下手だな」
老人は言った。
「煩い」
秋久は一言多い老人に噛み付く。
「滅する…?」
皐月はその意味がまだ理解できていないようだ。いや、未だに秋久にも理解し難い事だから無理はない。
「凄く大きくて、映画なんかで見るようなやつだった」
なるべく皐月の思考が現実味になるように、イメージさせようとした。皐月は瞼を少し下げ、吐き捨てるように言った。
「そんなことが…今の日本で有りうるの…?」
信じ難いようだ。いや、信じたくもないだろう。
「なんなのよ…早くこんな夢から覚めたい…」
急に弱気になる皐月。溜めていたものを吐き出すような感覚がはしる。しかしそれでも皐月は、心の中の不透明な実態を、何度も何度も飲み込んでいる気がした。
「弱気になるな。今ある選択肢は二つ。生きるか死ぬかだ。だったら生きた方がいいだろ」
途中でみた、大量の死体の山。秋久は身震いした。
「二つにして一つ、か…」
秋久は苦笑する。老人も振り向き、笑った。
「弱音言ってごめんなさい。行こう」
皐月は前を見据えた。老人は再び歩みを速める。