ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 黒の惨状 ( No.6 )
日時: 2009/12/13 18:31
名前: たきばね ◆rvP2OfR3pc (ID: AzSkpKat)

第四話



 精神的にも落ち着いてきたところで、この奇妙な状況に理性がついてきた。
 「政府派」と「警察派」が一緒に居る。「警察派」である秋久は「警察派」の人間を殺した。
 殺した?

 「……」

 秋久は頭を抱え、俯いた。
 己との、約束を破った。この手で人を殺めた。あれは確かに、自分の意志だった。震える自分の手を見ながら、秋久は酷く泣きたい気分になった。

 「…どうかしました?」

 片手にマグカップを持った少女が、心配そうに顔を覗いた。

 「俺は…殺したんですね」

 目に熱いものが上がってくるのが分かった。少女は何も答えない。いや、答えられないというのが正しい。

 「人は殺さないと…決めたのに…」
 「同じ事です」

 力強い少女の声に、秋久は思わず顔を上げた。少女の方が驚いたような顔をして、しどろもどろになりつつも、徐々に音量をあげ話し始めた。

 「え…と、あの時、「警察派」の男を殺さなかったら、私達が殺されていました。皮肉ですが、結果は同じ事です。運が悪かっただけです。気に病まないで下さい」

 最後に「救われない答えですいません」と付け足した。少し後悔しているような口調だった。

 「…冷静だな。俺は全然だめだ。どっちにしろ誰かが死んだって事実に悲しんでるしかない。…頭悪いから」

 少女は微笑し、マグカップを秋久に渡した。簡単なミルクのようなものだった。

 「私の親が外科医と薬剤師だったので、生死に対しては冷静なんです。あ、そのミルクには鎮痛剤も入ってますよ」

 なるほど、と秋久は納得した。医者の子ならば、あの手際のよさも頷ける。薬に詳しいのも同じだ。
 秋久はミルクをゆっくりと口へ運んだ。温かく、包まれるような感覚が横切った。ふいに母のことを思い出し、顔が少し赤くなった。

 「本当に、助けてくれて、有難うございます」

 少女は改めて礼を言う。

 「助けただなんて、そんな」

 秋久は謙遜するが、少女は真っ直ぐな瞳で、どこか遠くを見るような表情で言った。

 「私の名は、高岡皐月と言います。十五です」
 「俺は、宮城秋久。俺も十五だ。偶然だな」

 同じ年齢と言っても、状況が状況であるから故、実感が沸かなかった。秋久は学校でも女子と話すタイプではなく、同級生ともなれば一緒に居るのも耐え難い空気になるのだが、皐月に対してはあまり感じられなかった。

 「なんだか…同級生って感じがしませんね」

 皐月は年齢を知って尚、敬語を続けた。相手もそう思っているらしい。

 「そうだな。でも敬語じゃなくていい」

 そういうと皐月は苦笑した。最初は、どこにでも居そうな覚えにくい顔だと思っていたが、それなりに美人といえるような顔つきだった。傷だらけではあるが、清潔感があった。十五にしては、百五十三、四センチメートルくらいの、小柄な体格だ。

 「…十五か…」

 不意に声が聞こえた。低く、今にも消えそうな声で、この静寂な空間に、ぽつんと響いた。

 「おじさん、具合どう?ちゃんと休めば、明日には回復するんだからそんな急がないで」

 皐月は向かい側のソファーに横たわる老人のもとへ駆け寄った。俯いていた老人が顔をあげ、秋久は始めて老人の顔を見た。足取りからして、かなり老いていると思ったが、顔つきからは六十前後だと考えられた。
 しかし、目が虚ろで、「元気に生きている」という人間ではなさそうだった。髪は深い黒で、ホームレスのようにごわごわしている。一言でいうと、「恐い」という印象だった。

 「そんな若いもんを戦場に出さなければならないとはな…警察派の手駒も最早限界か?」

 皮肉のようにも聞こえる口調は、秋久に対してだった。

 「おじさん…」

 皐月は少し呆れるようにため息をついた。老人が持つ「恐さ」も、華の十五歳の皐月と並んでいると、なんとも奇妙で、それでいて「恐さ」も抑えられていた。
 「どなた…ですか」
 老人の「恐さ」に呑まれそうになりつつも、声にビビリを出さずに出来た。老人は秋久をあからさまに睨む。