ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 呪術少女の奥義書-グリモワール- ( No.1 )
日時: 2010/01/04 12:13
名前: 更紗@某さん ◆h6PkENFbA. (ID: YpJH/4Jm)

Prologue 

 現実世界とはまた別の異世界——魔術が支配する国、トラオム。東西南北それぞれの国家が支配する地のうち、北には王立ノルデン魔導学院と呼ばれる魔術を教える為の学院があった。王国の城と間違えるくらい巨大で、歴史ある学院だ。
 学院のある一室、老女の重々しい声が響く。

「ではこの魔術を……エリズ=クロイゼル。やってみなさい」

 老女に指示され、席を立ち教卓へと向かう長い黒髪に赤目の少女。彼女の名はエリズ=クロイゼル、ノルデンの中でも名門と言われるクロイゼル伯爵家の一人娘だ。
 少女の名が呼ばれると、周りの生徒はクスクスと笑い始める。「ムリムリ」「エリズに出来るわけないって」「教室ぶっ壊す気かよ」と、様々な言葉が飛び交う。その言葉に共通しているものといえば、これから魔術を行う少女に何も期待していない事だった。
 そんなからかいも少女がキッと睨むだけで、すぐにざわめきは収まる。
 教卓の前に立つと、少女は目を瞑って呪文を唱え始める。

「“水よ、敵を突き刺す刃と化せ”」

 少女の胸のあたりで水の球体が生まれる。続けて少女は口を動かす。

「”刃よ、竜となりて宙をうねれ”」

 少女が唱え終わると水の球体は柱と化し、更に竜へと形を変える。これで魔術が成功したと思ってはいけない。いや、この部屋にいる人間は全員、魔術が“成功する”ことなど最初から想像していなかった。まるで少女が魔術を失敗することが当たり前のように。
 周りの人間の予想通り、竜へと形を変えた水は暴走を始める。勢い良く部屋の壁や床などいたる場所にぶつかり、破壊する。
 
「やっぱこうなった! 早く教室の外へ出ねえと、俺達まで巻き込まれちまう!」

 水の魔術が暴走する中、周りの“生徒”達は廊下へと避難する。
 避難してすぐ、暴走した水の竜は形を崩しその場で弾けた。水のしぶきが教室へと飛び散る。術者である少女もあちこちが水で濡れてしまった。
 魔術の暴走が収まると、避難した生徒達が教室内へと入って来る。入ってくるやいなや、少女と教室の様子を順番に見てゲラゲラと笑う。
 
「奥義書も神器も所有しているのに、何故こうなるのか……」

 金髪に翠眼の少女がふう、と溜め息をつく。

「エリズに出来るわけないって! 教室穴だらけじゃん。攻撃力だけは凄まじいよな、エリズに似て!」
「黙れ愚民が!」

 瞬間、少女は自分をからかった少年の顎を思い切り蹴り上げる。華奢で可愛らしい外見とは裏腹にキックの威力は凄まじく、少年の顎が赤く染まる。
 呆れながらその状況を見ていた老女が、パンパンと手を叩いて生徒に次の指示をする。

「次の時間は錬金ですが、教室が壊れてしまった為別の教室で授業をします。——それとエリズ=クロイゼル」

 老女の声に、少女は老女の方を振り返る。

「貴方は教室に飛び散った水を拭き取りなさい」

 少女はしぶしぶ頷く。生徒達はクスクスと笑いながら、次の授業の為移動していった。
 少女一人しかいない穴だらけの教室の中、少女はチッと舌打ちをすると呪文を唱え始めるのだった。

 ——この少女を中心に、魔術世界の物語は始まる。