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Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.11 )
日時: 2010/03/13 23:03
名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: x8gi1/u3)

第十話〜消せない過去〜

 蒐は辺りを見回し、困ったような顔で「ここは一体どこじゃ?」と言う。さっきの場所の未来と言うよりは、まったく別の場所のようだ。時渡りはあくまで時を渡るものであり、場所は変わらないはずなのだが、今回は場所まで変わってしまったらしい。
 しょうがなく歩き出そうとしたその時に、背後から誰かの悲鳴。蒐は自分の姿は見えてないはずだから、何か事故でも起きたのかと思い黙って振り返る。そこには泣きながら少女を抱きしめる來斗。
 少女の腹の辺りが赤く染まっている。流石の蒐でも訳が分からなくなり固まる。そんな蒐を見てフーガは「通り魔にでもやられたのでしょう」と言い、嫌だと言うように自分の目を覆う。蒐はぐったりとする少女から思わず目を背け「酷いな……我等の生きる、現在から何年位前じゃ?」とフーガに問いかける。
 フーガが少し考えた後に「二、三年前ですね」と答えたのを聞いて、蒐は黙って手を強く握る。聞こえるのは來斗の泣き声と、謝罪の言葉。
 「ごめんね……僕が…僕が酷いことしなければ……。雨龍兄様の次は……桜梨……」
 自分までもが辛い気持ちになる蒐。小さな声で「見なかったほうが良かったかも知れぬな……」と呟いた後に自分の生きる現在の桜梨を思い出す。この少女が桜梨……? まさか、同じ名前なだけだと自分に言い聞かせる。だが、顔だちは自分が知っている桜梨にそっくりなのだ。
 「……人間がサクリファイスに? ありえぬ……そんなことはありえぬし、あってはならぬ」
 蒐は來斗に聞こえないように気をつけながら、声に出して自分を落ち着かせる。フーガは目を覆うのをやめ、さっきよりもきつく少女を抱きしめる來斗を見つめる。病院に電話すれば済むのだがそれすら思いつかないらしい。

 蒐は少し辛そうな顔をし、深く息を吸ってから黙って歩き始める。ここで自分が來斗に病院に電話すれば良いと言えば過去が変わったことになる。だから何も言うことは出来なかった。戻ったら來斗に色々話を聞いて慰めてやろうと考える。
 ある程度來斗から離れた所で立ち止まり、黙って手を合わせ、自分に声をかけられないのは決まりだから仕方が無いと言い聞かせる。フーガが「辛いですか? 主様」と問いかけてきたのに軽く頷く。
 それを見たフーガは「それでこそ僕が選んだ主です」と言い蒐の周りをくるくると回る。蒐は静かに微笑み「有難うな」と言いフーガの頭を撫でてやる。
 頭を撫でられフーガは嬉しそうに笑う。自分の肩にフーガが座ったことを確認し、静かな声で「さて……戻ることにしよう。我、時を見る者なり。今、天魔蒐の名の元に時の門を開け……エンド」と言う蒐。
 そうすれば黒い門が蒐の前に現れる。エンドは自分が居るべき時に戻る時に使うものである。エンドを使うほかにもう一つ戻り方があるが、それはあまりにも力を消費するやり方だと言って使う者はいない。
 黙って門を開き、黙って門をくぐる。一歩進むごとに少しずつ意識が遠くなっていって、最後の最後には意識を手放すのだった。