ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.22 )
- 日時: 2011/03/29 19:43
- 名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: 0iVKUEqP)
第二十話〜記憶と力と〜
「ねぇ……僕いつになったら出してもらえるの?」
牢屋の中に響く不安そうで、消えそうな紅零の声。紅零が見つめる先には無表情で壁に寄りかかる桜梨の姿がある。桜梨は紅零の問いかけに「時が来れば出してやる……まぁいつになるかまったく分からないがな」と素っ気なく返しチラッと紅零の顔を見る。
暗い顔で手を握ったり、開いたりを繰り返す紅零。流石の桜梨でも可哀想だと思ったのか、何処かから飛んできた真っ白なフクロウ、動物型サクリファイスのクラルを紅零と同じ牢の中に入れてやる。
「出してはやれない。……でも一人よりはましだろう。僕も出来るだけここに居るしな……監視役としてだが」
自分の肩に止まるフクロウと無表情で立っている桜梨を交互に見つめた後クスリと笑い「優しい」と呟く紅零。桜梨はどこか薄い笑みを浮かべ「勘違いするな。監視が僕の仕事なだけだ」と言う。
「先輩。また新しいレジェンド誕生だぜー。無効化のレジェンドだとさ」
突然、翔炎が現れてやる気の無いようなそんな声で言う。レジェンドと聞いた途端に顔をしかめ、頭を押さえる桜梨。翔炎はそれに気づかずに「おー? 君がSacrifice under the sky……空の下の犠牲?」と紅零に笑いかけながら言う。
「いや……それより桜梨さんが凄く辛そうな顔をしてる……」
良く分からないというような顔をした後、桜梨を見て静かな声で言う紅零。翔炎は間抜けな声を出した後に桜梨の顔を覗き込み「あれれぇ? 先輩、顔色悪いぜ?」と言った後、桜梨の肩に手を置く。
「っ!?」
急に顔を強ばらせ、翔炎の手を振り払う桜梨。そこでスゥゥッと雨龍が姿を現し「あー。記憶が戻りかかってるだけだな」と呟く。
「雨ちゃん居たんだ。記憶って? サクリファイスになる前の?」
翔炎が自分をちゃん付けで呼んだことに苦笑いを浮かべながら「ああ。そうだろうな。翔炎は最初からサクリファイスだから、そんなことはねーけどな。桜梨はちげーんだから」と答える。小さな声で「でも信じられねーんだぜ。最初からサクリファイスではない、サクリファイスがいるってことがね」と呟く。
「血……あぁぁぁぁぁぁ……」
きつく手を握り締めて、悲鳴とも言えるであろう声を上げる桜梨。紅零が心配そうに桜梨を見つめ、翔炎は困ったような顔をする。黙って腕組をして立っている雨龍。
「あのさ雨ちゃんなら何とかできると翔は思うんだぜ」
ボソリと呟くように言う翔炎。雨龍は翔炎の言葉を聞いて呆れたような顔をし「無理。つか僕の能力は幻術を見せ、洗脳状態や様々な状態にするだけだし。しかも一時的で記憶などの操作は出来ねぇよ」と言って頭を掻く。
力なくその場に座り込み唇を噛む桜梨。そこでしばらくの沈黙が訪れる。桜梨以外のこの場にいる全員が顔を見合わせため息をつく。
三十分ほど経っただろうか? あの後しばらく横になっていた桜梨が体を起こし、どこか悲しげな表情を浮かべ牢屋の中を見渡す。
「ほら。紅茶飲みなよ。少しで良い。何があったのか話してごらん」
雨龍は静かにそう言いながら桜梨に近づいて紅茶を渡す。透けてるのに物は持てるんだなと言うような顔をした後に笑う翔炎。桜梨は震える手で紅茶を受け取り、少し喉に流し込み「記憶……消えてた嫌な記憶を思い出した……」と呟くように言う。
「そっか……全部嫌なことだったか?」
雨龍に問いかけられ、桜梨は小さく首を横に振り「全部嫌なわけじゃない……優しい兄が三人居たそのうちの二人は僕と三つ子で」と言って、懐かしむようなそんな顔をする。そんな桜梨を見て雨龍は薄い笑みを浮かべ、優しく桜梨の頭を撫でてやる。
「あ。それと僕が絶対の能力のレジェンドだと言うことも思い出した」
空気が凍った。どこか上擦った様な声で「そ、そうなんだ」と言う雨龍。ちなみに絶対の能力と言うのも超能力の一種である。超能力の中では最強と言われており、実際に絶対の能力のマテリアルは他の能力のレジェンドにも匹敵することが分かっている。レジェンドについてはその力は……未知数。
絶対の能力者が“絶対”と言ったことは大抵は絶対に起こる。ただし例外もあり、その例外は絶対に変えることができない。たとえば絶対の能力で人の生自体を無かったことにするのはタブーだし、死を無かったことにするのについても同じだ。
更にいえば絶対の能力を使い、他人に絶対の能力と同じような力を持たせるのもタブーとされている。タブーと言うと罰は受けるが、命は落とさない程度のものにも感じるが、そんな甘い物では無かった。
ただでさえ絶対の能力を使うと何らかの形で何かを失うのだ。それが視力の者もいれば、友の者もいる。酷い時には自らの命の場合も有るのだ。そんな危険な能力でタブーを犯せばどうなるか……自らの死、破滅が待っているだけだと安易に想像出来るだろう。
「っははは……僕の大切な家族に二人も絶対の能力を持った奴がいるなんてね……こりゃぁ傑作だ……」
しばらく無言になった後、小さな声で呟く雨龍。そんな雨龍の表情は傑作と言う言葉とは裏腹に完全に引きつった、ぎこちないものだった。