ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.24 )
- 日時: 2011/03/29 19:45
- 名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: 0iVKUEqP)
第二十一話〜一人の少年の苦しみの歌〜
両目を包帯で隠した一人の少年、梨兎は桜梨達の居る牢屋の入り口に立っていた。いつからここに立っていたかは本人もわからないようで、ただ寒さと孤独に震えていた。
牢屋の前に立っていること自体は全然孤独だとも、苦痛だとも感じなかったのに……。それ以前に孤独だと感じたのも何年ぶりだっただろうか。中から聞こえて一つの言葉が少年を孤独に突き落としていた。
“嫌な記憶を思い出した”この言葉が梨兎の胸を容赦なく抉る。その後の全部嫌な訳ではないという言葉も嘘に聞こえてしまう。そんな自分が嫌で深いため息をつく梨兎。
「やれやれ……さてあの子は誰に憎しみを向けるのやら……」
小さく呟いて、その場を後にしようとする。本当なら中に入って声を掛けてやるつもりだった。でも桜梨が憎しみを全て自分に向けてきたら? 自分を蔑むような冷たい目で見てきたら? そう考えるだけで耐えることは出来ないと感じていた。
「ごめんね……桜梨」
小さなその声は自分自身の足音で掻き消される。大きな音は立てていない。それなのに桜梨がひょっこりと姿を現し梨兎の後を歩く。それに気づいていながら無言で歩き続ける梨兎。それは“ついてくるな”の合図だった。
普段の桜梨なら大人しく姿を消すのだが今日の桜梨は違った。何かを言いたげにずっと梨兎の後をついて歩く。そっと梨兎が自分の胸に手を当てて立ち止まる。
「今、君は僕についてこれない……絶対にね」
ビキンという嫌な音が響いた。桜梨はそのまま耳を押さえてしゃがみこむ。梨兎は桜梨の姿を確認しようともせず再び歩く出す。グッと握った手は微かに震えていて、何時も口元に浮かべている笑みは完全に消え失せていた。
「天仰ぎて破滅願うなら、マテリアルそろえ、道探せ」
自らの部屋にたどり着いた梨兎は、壁に寄りかかり、歌うかのように呟く。それは桜梨が空き地で呟いていたものだった。しばらく考えるような顔をし、ため息をついた後、包帯を取りソファに倒れこむ梨兎。
ソファに体が沈むのを感じながらまた言葉を紡ぎだしてゆく。
「扉、開けるはレジェンドの祈り。道を示すは二人の判断者……。扉、開かれ、判断者が破壊を認めたとき、善か悪かを確かめることなく全てが無へ帰るだろう……か」
クッションに顔を埋め、馬鹿馬鹿しいと考えても、完全に否定をすることはできない。今呟いたことは自らの母の家に伝わる言い伝えだ。だからこれを否定すれば、大好きな母も、その家系も否定することになるのではないかという考えが頭を支配していた。
突然梨兎の部屋の外が騒がしくなる。黙ってクッションに顔を埋めたまま耳を澄ます。騒ぎを聞いている限りは誰かが倒れたらしい。梨兎は、桜梨かエリカあたりが倒れたのだろうと考え、体を起こしソファに足を組んで座る。
そこで吐き気に襲われ、とっさに自らの口に手を当てる。口の中に広がるのは鉄の味。その不快な味に顔をしかめている間に口を押さえた手の隙間からボタボタと赤い液体がこぼれる。
このままだと変な誤解を受けるなと判断し洗面台でうがいをする。吐き気と口に広がった不快な味が消えたことを感じ梨兎は深くため息をつく。
「視力の次は命か? ……上等上等。そんなのとっくに覚悟してる」
まるで自分に言い聞かせるように言った直後にノックの音が響く。再びため息をついてソファに再び足を組んで座る。
「どうぞ。開いていますよ」
いつものような優しい声で言う。「失礼するの」と言って入ってきたのは肩位までの緑の髪に、黒の瞳の少女、ミーシャ。白と赤を基調とし、紫のリボンがついたワンピースを着ていて頭には白いフリルのカチューシャと猫耳と呼ばれるものをつけている。
梨兎が優しく「おや。ミーシャ。何かあったのですか?」と問いかければ、輝きのなく濁ったような青い梨兎の瞳に戸惑いながらでも「はい。桜梨ちゃんが倒れたの」と告げる。
ミーシャの言葉の後、梨兎が何かを考えるような動作をしていると、腰より下位までの緑の髪に黒い瞳の少女、リーシャが現れて「失礼。梨兎の坊ちゃん、あの銀髪の坊ちゃんが呼んでいたわよ?」と言う。リーシャは白と水色のワンピースを着ている。
「ふぅ……多分桜梨は、休まずに行動していたので疲れが出たのでしょう。ゆっくり休ませて上げてください。リーシャ、了解しました。今から行きますとあの方に連絡を入れてください」
息を吐いた後に一気に指示を出す梨兎。リーシャとミーシャは指示を聞けば、スカートの裾をそっと掴み軽く頭を下げ「了解」とだけ言い残し部屋を去ってゆく。
梨兎はドアが閉まった音を聞いた後、外出の準備を始めるのだった。