ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.25 )
- 日時: 2010/05/09 15:48
- 名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: OHqLaWWa)
第二十二話〜白と黒〜
梨兎が準備を済ませ、玄関から出たころには入り口のところに車が止まっていた。普段は何にも無いかのように生活しているが、梨兎は目が見えないのだ。普段は桜梨が色々と助けてくれるが、今日はその桜梨がいない。困ったように頭を軽く掻く。
「やっぱり見えないとなると不便ですよねぇ……」
桜梨がいなくても音を聞くことで移動することもできる。ただそれはあくまで音が聞こえた方へと動くだけであり、音を発するものと自らの間に障害物があればぶつかったりもする。
梨兎がどうすれば良いのかと考えていると、どこからとも無くエリカが現れ梨兎の手を掴み車の方へと引っ張っていく。梨兎はあまりにも突然だったため一瞬転びそうになっていた。
「ほら梨兎様。車の前に着きましたにゃ。どうかお気をつけてくださいにゃのです」
丁寧に車のドアを開いてから言うエリカ。その声を聞けば薄い笑みを口元に浮かべ「エリカですね? 助かりました。有難う」と言ってエリカの頭を撫でる梨兎。若干頭を撫でるまでに時間がかかったが、それでも満足そうにエリカは笑っていた。
梨兎がゆっくりと車に乗り込み、エリカがドアを閉めればゆっくりと車が走り出す。エリカは静かに頭を下げ屋敷の中に入っていく。梨兎はその様子が見えないから黙って車の揺れに身を任せる。
運転手に頼み、音楽をかけてもらいボーっとする梨兎の姿は髪の色とは真逆の白に見えた。見た目がと言う意味ではなく、何事にも犠牲は望まないと言う真っ白なやさしい考えを持っているように見える。
そう見えるだけであって実際は、犠牲のことなど気にしない残酷な奴かもしれないのだが。
車に揺られること約三十分。車が停車したのは廃工場の前だった。眠りかけていた自分に目的地についたことを教えてくれた運転手に礼を言い車から降りる梨兎。
黙って辺りを警戒する梨兎。辺りは静まり返っていて人の気配さえしなかった。不意に砂利を踏むような音が聞こえてくる。自らが乗ってきた車は完全に止まっているしエンジンの音がしないから、音を立てるとしたら自分か、ほかの人間しかありえない。
腰から隠してあった拳銃を引き抜き構える。自分の後ろから音がしていることに気づき、黙って振り返る梨兎。その手にはしっかりと拳銃が握られていて相手が敵ならば撃つことも躊躇わないだろう。まぁ安全装置を解除していないから、今は安全なのだが。
「わわ。そんな物騒なものしまってください。僕ですよ?」
現れたのは銀色の髪に全てを見通すかのような深い青の瞳の青年だ。梨兎はその声を聞けば黙って拳銃を元の位置にしまう。それを見た銀髪青目の青年は口元に笑みを浮かべる。
そんな青年は黒に見えた。残酷で自分の目的のためならいくら犠牲が出てもかまわないという残酷な考えの持ち主のように感じることができた。
「お仕事は進んでいますか? 梨兎君」
どこか他人を見下すような声。こみ上げてくる不快な感情と汚い言葉を押さえ込み「ええ。お蔭様で」と返す。くすくすと笑い「それなら結構です。で、あの言い伝えのことは分かりましたか?」と青年は問いかける。
黙って首を横に振る梨兎。途端に青年の表情は険しくなり「いつになったら分かるのでしょうか? 駒がいくら犠牲になってもかまわないのですよ。代わりはいくらでもいますからね」と静かに告げる。
ギリッと歯軋りをしきつく手を握り締める梨兎。青年は怪しげな笑みを浮かべ「それともあの天使型サクリファイスちゃんが惜しいですか?」と呟きとも、問いかけとも取れるような言い方で言う。
「五月蝿いですねぇ。貴方には関係ない話ですからねぇ……貴方みたいな悪魔に従うつもりも更々ありませんよ」
静かなのにどこか力強い声。少年がギリッと歯軋りをして梨兎を睨みつける。しかし目の見えない梨兎には何の効果もない。梨兎は静かな声で「僕の大切な子達を貴方の駒として使われては死んでも死にきれませんからねぇ……。仕方がなく従っていて、いつでも貴方を葬ることができることを忘れないでほしいですねぇ」と告げる。
それは白から黒に対する宣言。自らの大切な者達に手を出せばこの手をお前の血で染めることも躊躇わないぞという冷たい宣告。青年はそれを聞けば引きつった笑みを浮かべ銃を梨兎に向ける。
「やっぱり君は邪魔だ。知ってる? マテリアルは一人欠けると自動的に一人補充されるんだと。だから君が死んでも僕は困らない。だからここで死んでください」
何の躊躇もなしに引き金を引く青年。そんな様子は青年が人の死をなんとも思わない黒だということを示しているようにも見えた。
「銃弾は僕には当たらない。絶対にね」
青年が銃の引き金を引くのと同時に呟く梨兎。なんだか人の命を奪えるものとは思えないほどの間抜けな音と同時に、銃弾はありえるはずのない方向へと曲がり、そのまま壁にぶつかる。
「では。僕は貴方と違って忙しいのです。これで失礼しますよ」
それだけ告げて車に乗り込む梨兎。車から降りてほとんど動いていなかったため楽に乗り込むことができた。青年は静かに走り出す車をただただ、睨みつけていたのだった。