ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.26 )
- 日時: 2010/07/03 12:50
- 名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: bGx.lWqW)
第二十三話〜お見舞い〜
紅零がさらわれてから早くも一週間が過ぎていた。流架は笑う気分になれないのを無理に笑っていた。そんな流架を見て違和感を感じるのは葵と來斗だけだ。普段なら一番最初に気づくはずの蒐は、ここ一週間学校を休んでいる。
「何だか空元気って感じですわね……」
小さな声で呟き心配そうな表情を浮かべる葵。そんな葵に向かって冷ややかな声で「どうせあのサクリファイスと喧嘩したという所でしょう。気にする必要はありませんよ」と來斗は言う。葵はあの日から來斗が冷たいのにも気づいているから、あの時にあんなこと言わなければよかったのになと後悔したりもしていた。
ため息をついて來斗の手首に目を移す。少し捲くった袖から見えている細い手首には包帯が巻かれている。來斗は捻っただけだから気にしなくて良いと言ったが、葵はどうしてもその言葉を信じられずに居た。
何だか悲しくなり、なぜ自分の周りの人間は無理をしたり、嘘をついたりするのだろうかと考える葵。別に相手が無理をしたり嘘をついたりするのはしょうがないとも思うが、もう少しうまく誤魔化せないのかとも考えたりもしている。
そんなことを葵が考えている間に來斗は自らの鞄を持ち、教室を出て行こうとしている。それに気づいた流架はほかの友人との話を一度中断して「また明日な」と言ってひらひらと手を振っていた。
「あら? ライちゃん今日は何もない日ではなくて? 何でそんなに急いでるんですの?」
問いかける葵に振り返りもせずに「……アオちゃんには関係のないことです。……他人のプライベートに口出しするのはどうかと思いますよ」と答える。もはやそうですわねと言って笑みを作る気にもなれなかった。
それを見た流架は小首をかしげて葵の顔を見つめた後、自分の鞄を持ち、葵の手を引いて教室のドアに向かっていく。ポカンと流架の行動を見ていた友人の一人は、ハッとしたように「お、オイ! 流架、どこ行くんだよ!?」と叫ぶ。
「女の子を一人で帰らせるわけにはいかへんやろ? てなわけで、まった明日ー!!」
半ば叫ぶような元気な声で良い、ポカンとしている友人達に手を振る流架。葵は困惑顔で流架に引っ張られるがままに歩いている。転ばないのが凄いところである。
「ふぅ……勢いで出てきてまったなぁ……どないするん? 暇なら蒐ちゃんのお見舞いについてきて欲しいんやけど」
葵は苦笑いを浮かべ、勢いだったのかと思いながらも、制服の胸ポケットから手帳を取り出し予定を確認する。流架はそんな葵を小動物のような目でジッと見つめていた。
走り書きで手帳に何かを書いてゆく葵。しばらくして「大丈夫ですわよ。今日の予定はすべて後に回しても平気なものですし」と薄い笑みを浮かべながら言う。それを聞いて明るい笑みを浮かべた後、葵の持っている手帳を覗き込んで「何や豪い詰めこんどるな……気を付けんとその内、体壊すで?」と心配げに言う。
流架がまだ出会ってから一週間しか経っていないという自分のことを心配するのは少し不思議な気もするが、何故か不快ではないしまぁいいかと葵は考えるのだった。
歩くこと約四十分。たどり着いたのは一般的な一軒家。蒐の喋り方から考えて、日本古来の建物を想像していた葵は、少しキョトンとしてしまう。そんな葵を見て苦笑いを浮かべながらも、チャイムを鳴らす流架。
「はぁい、どなたかしら?」
インターフォンから聞こえてきたのは静かな女の人の声。おそらく蒐の母親なのであろう。流架がいつもより少し大人しめに「月城です。蒐君はいらっしゃいますか?」と言う。葵はああこの人、標準語も喋れるんだと考え、クスリと笑う。
「あら、流架君ね? 蒐は今病院に行っているわよ。一人で行くって聞かなくてね。どうする? 中で待ってく?」
インターホンから聞こえる声を聞いて、首を振り「いや、じゃあどこの病院か、教えてもらってもいいですか? 流石に病人が一人で出歩いているのは心配なので」と答える。その後は蒐の母親に、蒐が行った病院を聞き、そこへと向かうのだった。