ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.27 )
- 日時: 2011/03/29 19:47
- 名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: 0iVKUEqP)
第二十四話〜天使型サクリファイス〜
病院に着いた流架は黙って蒐の姿を探す。そんなに大きな病院ではなかったものの、やはり大勢の患者の中から蒐を探し出すのは相当の時間が掛かるようだった。しかもここはあくまで病院なため、蒐を探して走り回ることは出来ない。
突然辺りが騒がしくなる。どうやら誰かが倒れたようだ。もしかすると蒐かも知れないと騒ぎの中心へと近づく流架。倒れていたのは蒐。絶え絶えに呼吸をしていて相当苦しそうだ。
倒れているのが蒐だと分かれば、流架はあわてて駆け寄り、蒐の額に触れ、どれくらいの熱なのかを確かめる。顔をしかめ「凄い熱やな……通りで学校休んでるわけや」と呟く流架。
「なぜ一人で来ているのでしょうね。相当きついでしょうに」
そう言うのは葵の肩に座っているリーフィルである。流架は「わからへん。とりあえず俺飲み物買ってくるから、葵は蒐ちゃん見ててな」と言って蒐をそっと椅子に寝かせて走ってゆく。
少々戸惑いながらも蒐の横に立つ葵。蒐はギュッと胸元を握り、苦しそうに呼吸をしている。それでも意識はあるようで、薄く目を開き、葵を見つければ少々驚いたような表情を浮かべ、体を起こそうとする。それを見た葵は「ん? 大丈夫ですの? 病院に着たのに倒れてどうするんですのよ」と言って、やわらかい笑みを浮かべる。さりげなく、起きようとする蒐を制止させたりもしていた。
蒐の方は葵の言葉を聞けば搾り出すような微かな声で「さぁ……どうじゃろうなぁ……」と答える。一人で病院に来た蒐自身も、何故自分が一人で病院に来たのかは全く分からないようで、不思議そうなそんな表情をしている。
「すまんかったなぁ。蒐ちゃん、平気か? とりあえず一度起きて、これ飲みい」
しばらくして戻ってきた流架がゆっくりと体を起こす蒐に、スポーツドリンクを開けてから渡しニコッと笑う。相当全力で走ったのだろう、肩で息をしている。そんな流架を見た蒐は薄い笑みを浮かべ「あの時はすまなかったのう……」と呟くように言う。
流架はへらへらと笑い「気にせんでいいよ。悪いのは俺やからね」と言い、グッと親指を立てる。蒐はそれを見て、黙って苦笑いを浮かべスポーツドリンクを喉に流し込む……これ以上自分が悪いだの何だのと繰り返すつもりは無い。一時の感情に流されて、流架の気持ちを考えずにものを言ってしまった自分も悪いし、自分の過去を知っていながらも配慮してくれなかった流架も悪い……それで良いのではないか。それが蒐の考えだった。
流架と葵が蒐を見つけてから約一時間、処方箋を受け取り、薬局へと向かっていた。あまりの薬の多さに眩暈がした様子の蒐を流架が支えている。葵は薄い笑みを浮かべ「あんな土砂降りの中、傘も持たずに飛び出す方が悪いのですわよ。次から気をつけなさいまし」と言う。それを言われてしまえば、流架との一件のせいがあったからとはいえ、結局自己責任なので何も言えなくなってしまう蒐。
どこからか現れたフーガは葵の発言を聞けばむぅっと頬を膨らませる。まるで傘を持ってこなかったそっちも悪いじゃないかと言っているようにも見えた。リーフィルは涼しい顔をして葵の肩に座って「私の主様は傘を持って蒐を探しましたよ?」と言う。蒐は少々驚いたような顔をし、葵は「まぁ、結局見つけられなくて、諦めたのですけどね」と言って苦笑いを浮かべる。
突然ふわりと真っ白な羽根が落ちてきた。黙って羽根が落ちてきたほうを見る流架。その目の前にゆっくりと降り立つのは桜梨だ。降り立った直後に背中の翼が霧のように消え失せる。桜梨は真っ直ぐ蒐を見た後、流架に視線を移し「……こんにちは失敗作の人間様」と言う。その言い回しはどこか流架……いやそれだけではなく“人間全体”を馬鹿にしているかのようだ。流石にその言い方には腹が立ったのか、キッと桜梨を睨みつける葵。流架の方は大して気にしていないらしく、涼しい顔で「邪魔やで、異質な人間型サクリファイス様?」とまで言っている。
桜梨はギリッと歯軋りをした後「……残念、僕は人間型なんて失敗作じゃない」と言って、鋭く流架を睨みつける。なにやら険悪なムードを察したのか、妖精方サクリファイスのリーフィルとフーガは警戒態勢に入っていた。流架は挑戦的な表情で「ほう? じゃあ何型なんや? 製造日は?」と問いかけ、鼻で笑う。流架の挑戦的な表情に苛立ちながらも、全く表情を崩さずに「……天使型サクリファイス。製造日は去年の十二月二十四日。その後、進化実験を受け、今に至る」と答え、フッと笑い「まぁ、そんなことはどうでもいい」と言って、ゆっくりと蒐に近づいていく。
ただ、蒐の横には流架が居るのだ。流架は黙って蒐を自らの方へと引き寄せ「なんや? 紅零の次は蒐ちゃんか?」と言葉を投げかけ、真っ直ぐ桜梨を見つける。葵はいざと言うときに、すぐリーフィルに指示を出せるように黙って、桜梨の様子を観察している。桜梨は不快そうな顔すらせずに、黙って流架を突き飛ばし、支えの無くなったことで少々フラフラとする蒐を静かな動作で抱き上げ、一旦地面に寝かせる。
まったく桜梨の行動の意味が分からずにキョトンとする流架と蒐。連れ去るのが目的なら、気絶させてでも蒐を連れて行くはずだ。それなのに桜梨はそれをせずに地面に寝かせるだけ……全く桜梨の意図が分からない。
ため息をついた後に、そっと蒐の額に手を立てる桜梨。やばいと思って走り出した流架よりも先に、桜梨の手から紅零を気絶させたときとはまた違う、優しい光が走る。蒐と流架は光が完全に消えた後、黙って立ち上がる桜梨を見てポカンとすることしかできなかった。
「体調不良……治しておいた。勘違いするなよ、後々こっちが困るんだ」
少々言葉は乱暴だが、薄い微笑を浮かべるその姿は“本物の天使”のように見えた。流架もとりあえず「有難うな」と言い明るい笑顔を桜梨に向けてやる。そんな流架の礼の言葉を聞いた後、フイッと顔をそらす桜梨の姿は少し照れているようにも見えて面白かった。そんな桜梨を見た流架はクスリと静かに笑い、冷たくて、最低なやつかと思っていたがそれは違うだろうなと考える。
「そや、紅零はいつになったら返してくれるんかな? 酷い扱いはしとらんやろうな?」
はっと紅零のことを思い出し桜梨に問いかける流架。桜梨は静かな声で「その件については答えられない。でも安心して良い」とだけ答える。不思議なことにさっきまで信じられないと思っていた桜梨の言葉を信じて安心している自分に流架は驚く。蒐はゆっくりと体を起こし「まぁ、有難う。こんなことを頼むのは可笑しいかも知れぬが、紅零のこと守ってくれぬかの?」と桜梨に向かって言う。
桜梨は静かに頷いて「……あくまで今回のは保護だ。安全が確認されたら返すし、変なことはしない……そんなこと梨兎様が許さない」と答えた後、真っ白な翼を出して、思い出したような顔をする。
「……次の満月……つまり明日だが、外出しないように。……自分の未来を消されたくなかったらな」
それだけを言い残して、静かに桜梨は飛び立つ。ボーっとそんな桜梨の様子を眺めた後「天使型サクリファイス、か」と流架はポツリと呟くのだった。