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Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.28 )
日時: 2011/03/29 19:48
名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: 0iVKUEqP)

第二十五話 〜天乃、紅蓮〜

 いくらかの羽根が宙を舞ってフワフワと落ちてくる。そんな様子を眺め、嗚呼、桜梨は天使と呼ぶのに相応しいのかも知れないなと考えた蒐はクスリと笑う。桜梨の言葉を聞くと不思議と紅零は無事なんだなぁと思うことが出来て、流架は桜梨が嘘をついている可能性なんか頭の中から追い出していた。確かに桜梨は紅零をさらった敵と呼べるであろう存在でもあるが“保護”という言葉と、チラッと見せた薄い微笑み、そのほかの“人間らしさ”を見てあいつは“完全な悪”ではないと思ってしまう彼らは甘いのだろうか?
 しばらくの無言の時間を打ち破ったのは葵だった。申し訳なさそうな、遠慮がちな声で「あの私、ちょっと気になることがありまして……ライちゃん、來斗の家に行きますわ。お二人は先にお帰りになってくださいまし」と言って、無理やり作った不器用な笑みを浮かべてその場を走り去ろうとした。そんな葵の腕を、流架は黙って掴み「なんや、俺に付き合ってももらったんや、俺も付き合うで」と優しげな笑みを投げかける。蒐はやれやれといった様な表情で「流架だけを行かせるのは少々不安じゃからな。我も行こう」と言う。
 「別にいいですわよ。蒐さんは治してもらったとはいえ病人ですわ、流架さんも私についてくる義務などありませんもの。どうぞお先にお帰りくださいませ」
 流架と蒐の言葉を聞けばゆっくりと首を振って葵は言う。遠慮気味なその声を聞けば流架と蒐は黙って首をかしげる。もしかすると自分達が嫌々ついてくるとでも思っているのだろうか? そんなふうに一人で考えて納得したように流架は頷く。蒐の方は無言で葵と流架を交互に見つめていた。まるで、流架が何かを言うのを待っているかのようにも感じた。
 「遠慮せえへんでもいいよ? 俺も暇やから行くんやし」
 流架がそう言って先ほどの優しい笑みとは違った、いつもの親しみやすい笑顔を浮かべる。蒐も流架のすぐ後に「我も一週間も寝込んでおって、少々動きたいのじゃよ」と言ってクスリと笑う。それでも葵は申し訳なさそうに俯いたり、断ろうとしたりを繰り返していた。
 ため息を吐いて、葵の手を引いて走り出す流架。流石にそれには蒐も驚いたようで目を見開いてポカンとしていた。葵は引きずられないように、必死に走っている。正気に戻った蒐は「おい!! 流架、來斗の家分かるのか?」と叫んだ後、流架の後を追って走りだす。蒐が追いついたところで立ち止まり「んで? 來斗の家ってどっちなんや?」と分かれ道の左右を指差している。それを見た蒐は呆れ顔で「そんな事だろうと思ったわ」と自分の眉間に手を当てて言う。
 そんな二人を見た葵はクスリと笑って「こっちですわよ」と左の道を進んでいく。

 どれぐらい歩いただろうか? 気づけば大きなお屋敷の前に来ていた。表札には天乃の文字。それを見た蒐は「來斗の苗字は紅蓮ではなかったかのう?」と問いかける。葵は蒐の問いに対して黙って頷いて「ええ、苗字はそうですわ。ただ……両親が亡くなられて、でちょうど養子を探していたこの家に引き取られたのですわよ。ですから苗字が変わっていなくてもライちゃ、……來斗はこの家の人間なのですの」と答える。
 流架は小さく頷いて「へぇ……辛い思いしたんやなぁ……あいつ」と呟く。しばらく屋敷を見つめた後、葵がチャイムを押す。しばらくの間の後に「はい。どなたでしょうか」と言う暗い、來斗の声。葵はキュッと手を握って「竜宮ですわ。他に月城さん天魔さんも居ますわよ」と言う。妙な間の間に酷く抑揚の無い声で「今門を開けます。どうぞ入って来て下さい」と來斗が答えた。
 門が自動で開くのを流架と蒐はポヤーっと見つめている。まぁ流架と蒐は一般庶民なのだから仕方が無いのだ。だって馬鹿でかい屋敷に自動で開く門となれば、大抵の人は無言で固まってしまうだろうし。そういう人から見れば普通に歩いていく葵のほうが異常なのだと言えるのではないか。
 玄関にたどり着くまでに十分。流架のテンションが妙に上がっている。それとは対照的に蒐のテンションがた落ち。白いTシャツに、黒い上着を着ていて下はジーパンを穿いて、ネクタイをつけた來斗はドアに寄りかかるような形で葵、流架、蒐のことを待っていた。少々暑いのか袖をまくっている。
 蒐が何気なく目を向けた來斗の手には、一部赤に染まった包帯が巻かれていた。小さくため息を吐く蒐。小さな声で「用があったのでしょう? 外で話すのもなんですし、どうぞ……」と言って、來斗はドアを開ける。

 案内されたのは、來斗の部屋だった。とても一人で使っているとは思えない広さで、ズラッと本の並んだ本棚、綺麗に整えられたベッドに爽やかな薄緑のカーテン。机には何冊かの参考書とまとめられた楽譜。なんとも“優等生”と言った感じの部屋だ。來斗を中心に座ると、召使らしき人物が、紅茶とケーキを持って入ってきた。
 「ん……有難う」
 召使らしき人物から紅茶とケーキの乗ったお盆を受け取り、部屋から追い出す。その後、一人一人の前にケーキと紅茶を置いていく。流架は驚いたように「使用人なんておるんやなぁ」と呟いている。來斗はふふっと笑って「居ても鬱陶しいだけですよ」と流架の呟きに対して答えるかのように言う。來斗の言葉に「身近に居るからそんなこと言えるんやで」と流架はため息をつきながら答えた。
 「……で、何の御用で?」
 紅茶を少し喉に流し込んで來斗が問いかける。葵が決心したような顔をし「確か、天乃の人間には梨兎という方がいましたわね? 後、桜梨って方も」と來斗に問いかける。來斗は少々目を見開いた後、小さく頷いて「ええ。“紅蓮”であった僕が“天乃”に引き取られたとき、本当の家族のように接してくれた優しい人でした。桜梨は僕のことを“兄様”とまで呼んでくれた」と答え、再び紅茶を喉に流し込む。
 「その梨兎の名前が、あのサクリファイスの桜梨の口から出たとしたら?」
 葵の言葉を聞いて來斗は「ありえませんよ。梨兎兄様が音信不通、行方不明になって何年になると思っているのですか?」と言い放つのだった。