ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.29 )
- 日時: 2011/03/29 19:50
- 名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: 0iVKUEqP)
第二十六話 〜傀儡使いの力〜
重い沈黙が部屋を支配する。來斗も誰かが何かを言わない限りは言葉を発するつもりはないらしく、黙って紅茶を喉に流し込んでいた。何を言って言いか分からずにケーキを少し口の中に放り込む蒐。葵はまぁ予想通りの反応だというように涼しい顔で紅茶を啜る。
「まぁ、そう言うと思っていましたわ。でもこれは本当。嘘を付いても私が得するようなことはないですもの」
クスリと笑って葵は言う。來斗の方は少しむっとしたような表情で「重々承知ですよ。それに、そのサクリファイスが嘘を付いている可能性だってあります」と呟くように答えた。フーガがジッと來斗の顔を見つめ「主様……あの者、心が……」と言うのを蒐は手で制す。
普段ならここで、流架がこの重い雰囲気をぶち壊すところだ。しかし今の流架は少しずつ口にケーキを放り込み、何も言わずのんびりと葵と來斗の話を聞いている。その様子は、言うことが思いつかないと言うようにも、言葉は思いついているが、あえて何も言わないようにも感じられた。
スッと來斗が立ち上がり、窓際で思い出すかのような目をして外を眺める。スルリと來斗の手からティーカップが落ちる。勢い良く降り始めた雨と雷の音が響き始めていた。小刻みに揺れる唇は謝罪の言葉を繰り返しているようにも見えて、なんだか妙な感じだった。葵と蒐は唖然と來斗を見つめていた。
來斗は逃げるように向きを変えようとする。その足元には砕け散らばったガラスの破片……。今動けば間違いなく踏んで足に怪我を負ってしまうだろう。葵が來斗を静止するのよりも早く流架は右手を引き「傀儡……我が人形に」と呟いた。刹那に縛られたかのように來斗の動きが止まる。來斗は窓から目を逸らそうとした。だが全く動けない。息が詰まったような錯覚に襲われる。
「ああ、すまんなぁ。瞬きと呼吸は許可せんとな」
流架の声が聞こえたしばらく後に、來斗を襲っていた息が詰まったような感じはすっかり無くなり、閉じることが出来なくなっていた瞳をきつく閉じることが出来た。來斗は問う。震えた声で「何をした」と。その問いに対し、流架はいたって涼しい表情で紅茶を啜り「少々お前の体の自由を奪わせていただいた。別に、嫌味でこんなことやってるとちゃうで」と答える。
重苦しい空気が漂う。蒐が軽く流架の肩を叩き、その耳元で何かを囁く。それを聞いた流架は重々承知というような感じで頷き、逆に蒐に何かを問いかけていた。その様子を不審そうに葵は見つめる。來斗はきつく目を閉じたまま、何も言わなかった。まず、意識があるのかも怪しい状態だ。
半ばため息を付くような形で息を吐き、クイッと右手を引く流架。するとどういうことだろうか? 來斗の体が滑るように流架達の目の前へ移動する。驚いたような顔で流架を見つめる葵と蒐。そんな葵と葵の表情に気付けば、いつものような笑みを浮かべ「なんや、この力に驚いてるんか?」と問いかけた。葵は素直に頷き蒐は少々遠慮するかのように小さく頷く。
「これが俺の能力、傀儡使いや。主にものに自らの命の欠片を入れて操ることが出来る。物も人間も関係なくや。ちなみに他の能力に一切鑑賞されない唯一の能力やな」
すらすらと流架は答える。普段の彼からは想像出来ない全く抑揚の無い声で。小さな声で「なるほど。さっきから貴方から感じていた妙な感じはその力のせいなのですね。蒐さんの力はなんとなく感じることが出来たのですけど」と言う。それを聞いて思い出したような顔をし、流架は「そう言えば葵は無効化のレジェンドやもんなぁ。相手の能力を察知できるんやっけ? まぁ俺の能力は特殊やから微かな反応しかないやろうけど」と言う。
蒐は呆れたような顔でため息をつき「そろそろ來斗のこと開放してやってはどうかのう?」と言う。流架はその言葉を聞いてシュッと空を裂くように手を動かす。そうすれば來斗の体が糸の切れた操り人形のようにその場に倒れこむのだった。