ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.30 )
- 日時: 2011/03/29 19:51
- 名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: 0iVKUEqP)
第二十七話 衝撃の事実
部屋には來斗が床にうつ伏せになり、顔を隠したまま嗚咽する声が響いていた。蒐はどこか悲しげな表情で、葵は黙って來斗から目を逸らしている。そんな中流架だけが不思議そうな顔をも、困ったような顔をせず、ただただ黙っていた。その表情は何も無い、全くの無。違和感だらけの流架と來斗の行動に対し蒐は黙って首を捻る。なぜ二人がそんな行動をとったか分からなかったからだ。
來斗については、知り合ったばかりの蒐でも、流架とは十年以上の付き合いだ。そんなに長い間一緒にいれば少しの異変にでも気づくようになってしまうもの。しかし“流架は過去と今とじゃ全然違う”。性格もそうではあるが、髪型、好んで着る服の色、まるで過去との自分と決別を図ろうとするかのように、次々に幼い頃の面影が流架から消えていく。
戸惑いながらも“人は変わるものだ”と受け止めてきた蒐だが、今の流架は受け入れきれないものがあった。それは流架が幼い頃と全く同じ表情を浮かべていたからだ。時々流架の言葉に棘を感じたり、幼い頃の面影を感じるような気がすることが、今まで無かったわけではない。だが、今回のはあまりにもハッキリとしすぎていた。
(なんと言うか、ここ最近可笑しいことばかりじゃな)
蒐はそう考えてため息をつく。気が重くて仕方が無いのは蒐が幼い頃の流架に対し、苦手意識を通り越した何かを持っているからであろう。可笑しいことと言えば、紅零が桜梨にさらわれたり、その桜梨が蒐を助けたり、ジャッジメントを名乗る、水色の石から表れた少年と少女に出会ったり……。流石の蒐もショート寸前である。
しばらくして來斗もやっと落ち着きを取り戻して、蒐達三人と向き合う形で座りなおす。そのときには流架もいつものように笑みを浮かべていて、先ほどの無表情はまるで嘘だったかのようにも感じた。対照的に來斗の顔からは普段浮かべている“偽りの笑顔”は消え失せ代わりに後悔の表情が浮かんでいた。
静かに來斗は口を開く。自らは最低な人間だと。葵は訳が分からないと言うような表情をして「何を言ってますのよ?」と小首を傾げながら問いかける。蒐の表情は一瞬にして厳しくなり、黙って來斗の表情を窺っていた。來斗は声にもならない声を上げて、再び取り乱す。両の手で頭を押さえて「僕が殺した……僕が壊した……僕が……僕がッ!!」と言葉を吐き出す。それは伝えようとする言葉ではなく“ただの悲鳴”だった。
「だから、どうしたと言うんや?」
ピシャリ、と流架が言い放つ。それでもその言葉には突き放すような冷たさは無く、むしろ全てを受け止めると言っているようにも感じられるようなものだった。葵は黙って蒐、流架、來斗の顔を窺っている。相当この場の雰囲気に居心地の悪さを感じているのだろう。チラッと蒐の表情を窺って低く舌打ちをすれば、ゆっくりと流架が立ち上がる。
「俺は來斗が何やったなんか知らん。正直なところどうでもええ。俺だって双子の兄貴を壊しとるんよ」
静かな流架の声。來斗は嘘だと言うように流架を睨み付けていた。流架は悲しみの宿った笑みを浮かべ「嘘やない。こんなん嘘ついても意味無いやんけ。俺のせいで可笑しくなったのなんて、沢山おる」と言った。フッと來斗の頭に伸ばした手が弱弱しく、來斗の頭を撫でていた。
(……震えてる、じゃないですか……)
來斗は長い息を吐きジッと流架を見つめながら、静かに「強いん、ですね」と呟いた。流架は静かに來斗の頭を撫でるのをやめて、首を傾げた。しばらくの沈黙の後「俺が強いちゅー訳やない。ずっと俺についてきてくれている兄貴が強いんよ。だから俺も強くなれる。偽者の強さやけどな」そう言っていつものように明るい笑みを浮かべて笑う。
「でも、流架さん? 双子の兄とはどちらに……?」
黙って話を聞いていた葵が、少々申し訳なさそうに流架に問いかける。流架はニィッと笑って蒐を指差した。蒐はやれやれといった様な表情で「本名、月城零(ツキシロ レイ)じゃ。色々あって、名前は変えておる。まぁ蒐は偽名じゃから、戸籍上は存在しないな。学校側も把握しておる。天魔は母方の姓じゃよ」と、告げる。
來斗はキョトンとしたような表情で「蒐さんと、流架さんが双子? でも、似てないですよ?」と呟いている。それに対し追い討ちをかけるように流架が「二卵性双生児やからね俺ら」と言った。葵はすでに小さく口を開けてポカンとしている。來斗は小さく笑い通りで仲が良いわけだと言った。
その後しばらくは、來斗の部屋から談笑の声が響いていたことは言うまでもないであろう。