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Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.31 )
日時: 2011/03/29 19:53
名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: 0iVKUEqP)

第二十八話 犠牲と審判者

 桜梨は一人で桜の木に登って太い枝に座っている。しかしそれは屋外ではなく、広い部屋の中だ。真ん中に満開の桜の木がそびえている。風も特に無いため、桜の枝が揺れることが無いのが少し寂しい気がするが、それでも天窓から降り注ぐ夕日との組み合わせは美しいものだった。そんな光景に包まれているのに桜梨は心底つまらなそうな顔で、近くの桜の花弁を千切っては投げていた。
 突然、淡い水色の光が桜梨の正面に現れる。僅かに強い光が走ったかと思えば、そこに流斗が現れた。桜梨は黙って顔を挙げ「ああ、負の審判者か」と言って、再び桜の花弁を千切り始める。その様子を見て苦笑いを浮かべながら「……僕が見えるということは、記憶が戻ったようですね。……絶対のレジェンドよ」と静かに桜梨に向かって話しかける流斗。桜梨は流斗に制されて桜の花弁を千切るのをやめて、黙って足を組む。
 「……久しいですね。まさか貴方がサクリファイスになっているなんて思いませんでしたよ」
 流斗は静かに、桜梨を見ながら言う。といっても流斗がいる位置からじゃ桜の花や、枝に隠れて桜梨の姿なんて殆ど見えないに近いのだが。桜梨の方は木から飛び降りて無表情で流斗を見た後「まぁな。こんなことが出来るようになるなんてまず思わないだろうさ」と吐き捨てるかのように言い放つ。全くだと言うように頷きながら、流斗は苦笑いを浮かべた。
 「で? 負の審判者様が何の様だ」
 面倒だなと言うような感じで、桜梨は流斗に問いかける。流斗の方も本題を忘れていたと言うかのような表情をして頷いた。すっと杖を抱き寄せるような形になりながら流斗は幾分か真面目な表情になり、頬を掻く。そして静かな声で「……さて、本題に入りましょうかね」と咳をしながらメモ帳をめくった。

 「創作のレジェンド以外、全レジェンドが決定いたしましたのでお知らせに伺いました。それだけではないんですけどね」
 メモ帳を見ながらそういった後、桜梨に促されて苦笑いを浮かべながらも静かに「絶対のレジェンド、天乃桜梨。無効化のレジェンド、竜宮葵。傀儡使いのレジェンド月城流架。時渡りのレジェンド天魔蒐、本名月城零。夢幻のレジェンド、月城桜弥、以上です」と、告げた。桜梨は黙って聞いた後「月城か……あの家系の奴ら結構、能力者が多いんだっけか」と呟く。流斗はその言葉を聞いて苦笑いを浮かべ「ええ。しかし全ての能力の始まりは天乃家の先祖、黒斗家になります。カウントしていけば、明らかに天乃の血筋の方が能力者は多いでしょう」と答えた。
 そんなことは分かっていると言うように流斗を睨みつける桜梨。そして静かに「絶対の能力者は天乃、と決まっているからな」と言った。取り合えず,
よく出来ましたと言うかのように、小さく手を叩く流斗に冷たい視線を送っておくことにするらしい。
 そんな桜梨の反応に対し苦笑いを浮かべ「……おー怖い怖い」なんて風に言って流斗は笑う。桜梨は不愉快そうに舌打ちをして「用は済んだろ。ならさっさと帰れ。審判を下さないといけないことが溜まってるんじゃないのか?」と皮肉めいた言葉を言った。流斗は静かに首を振り、まだ言わなければいけないことが残っていることを示した。桜梨もそれを見れば、早くしろと言うように舌打ちをする。
 「絶対のマテリアルの命が危ないこと、その状態で審判の日の扉を開けようとしている者が居ること」
 それを聞いた桜梨は思わずため息をつく。流斗はそんなことにはもう慣れてしまっているのか、特に変わった反応を示したりはしなかった。桜梨の方も想像通りだというような表情で黙って桜の木に寄りかかった。双方何を言ってよいのか分からないらしく、黙り込んでしまう。
 実際のところ桜梨は能力を使えば情報なんて容易く得ることが出来る。それにサクリファイスとしても情報収集能力は高い方だ。だから、いちいち報告を受けなくても、大抵の情報は持っている。情報を持っていながらも何もしないのである。面倒臭いからやらない、もしくは出来ないというよりは“出来るからそこやらない”と言う感じ。桜梨は自分の力の大きさ、危険さを良く理解していた。言葉一つで運命さえも、未来さえも捻じ曲げる絶対の能力。
 使い方を間違えれば、己の身や世界さえ滅ぼしてしまうほどの力だ。一応直接人の命を左右するような、能力の使用はタブーとされているが、ようは直接でなければいいのだ。たとえば“君は今から降ってくる鉄骨によって死ぬ”ならばアウトだが“今から君の上に鉄骨が降ってくる。どうなるか、生死は不明”なんて具合に、君が死ぬと言う決定が無ければいいのだ。まぁ実際のところ上空から降ってきた鉄骨に潰されれば死んでしまうのだが。
 そんな、定義が曖昧なタブーがある能力ではあるが、明確に決められているものもある。それは能力者になるべきではないものに能力を使って力を持たせてはならないというものだ。これは直接的だろうが間接的だろうがきっかけを与えることさえ禁止されている。能力者はある決められた年齢になると勝手に能力が覚醒するので、余計なことをするなということだ。まぁ当然のことだろう。しかし、悲しいことにそれを当然のことだと思わない奴もいるのが、事実だった。
 「まぁ想像はしていたがな。どうすることも出来ないさ」
 桜梨の言葉を聞けば、流斗は小さく笑い「そうですか、真っ先に動き出すと思ったのですがね」と言った。