ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.32 )
日時: 2011/03/29 19:53
名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: 0iVKUEqP)

第二十九話 見え始める終焉に

 ギリッと歯軋りとして「じゃあ問うけど……僕に何ができるよ? 壊す意外に何ができるよ?」と震えながら桜梨は流斗に答えを求める。流斗は小さく首を振って「その力の使い方……あなたが一番理解しているはずですよ。天乃桜梨」とだけ告げる。桜梨はふっと流斗の顔を見つめた後「役立たず」と言い捨てた。流斗はその後は何も言わなかった。言う必要がないというように静かに目を閉じている。
 桜梨がふっと流斗の横をすり抜けてドアの方へと歩き始める。小さな声で「何処へ?」と問いかける流斗に対し桜梨は強い意思の宿った目で流斗を真っ直ぐ見て「明日の夜、来るであろう侵入者の歓迎の用意さ」と答えた。納得したというようにふっと笑い、小さく頷いた後流斗は姿を消す。
 「そう……僕の力は……のために」
 ポツリと呟いたその声は勢いよくドアが開く音にかき消されてしまう。ドアを開けたところに経っていたのはリーシャとミーシャだった。二人とも肩で息をしていて、表情は必死そのもの。この部屋のある建物中を走り回ってやっと桜梨を見つけることが出来たようだった。
 「ああ、ミーシャとリーシャか。どうした、そんなに慌てて」
 少し驚いたような表情をした後、浮かべていた表情を全て消し、そう問いかける。普通なら少し怖い反応かもしれないが、ここにいる人間にとっては桜梨のこの反応は冷静であることを示していて、安心できるものだった。パクパクと口を動かして必死に何かを伝えようとしている、ミーシャに近づいて「ゆっくり、落ち着け」と言い放つ。
 「梨兎、ぶっ倒れたとさ。で、空のサクリファイスちゃんがあのイカレた奴に連れて行かれた」
 何の前触れもなく、雨竜が現れる。しかし、その姿は今までとは違って少しも透けていない実体だ。桜梨は驚いたような表情を浮かべた後、深く息を吸う。
 「梨兎様が? いや、優先は空のサクリファイスの方だな。リーシャとリーシャは梨兎様を見ていてくれ。僕と実体が戻ってきた雨竜兄様は僕と空のサクリファイスの保護に。行動開始だ」
 桜梨は淡々と指示を告げた後、全員が頷くのを確認してから早く動くように促し、自分も走り出す。梨兎の方はしょっちゅうだからいいとして、問題は空のサクリファイス……ようは紅零だ。紅零を保護しているのは桜蘭研究施設、特殊チームエージェントと言う研究チームである。保護した理由は雨竜が言っていたイカレた奴、こいつは桜蘭研究施設、第一研究室リーダーのことだ。
 殆ど顔は知られていないが、人間をサクリファイスに変えるなど人として間違っていることに手を出したりしているという噂が絶えない人物で、進化シフト実験でサクリファイスの能力を強制的に上げることに成功している人物である。今の桜梨の力もこの人物の進化実験を受けたからあるようなものだった。
 その人物が最近人間型トリプルSのサクリファイスを狙っていることが分かったため、エージェントが紅零を保護したのだ。勿論その人物には知られないように行動していた。何をするのかが分かっていれば問題ないのだが、何をしようとしているのか、それが全く分からないのだ。
 「……満月の時の扉の言い伝え。トリプルSのサクリファイス……繋がりが見えないな」
 ポツリと桜梨が呟く。雨竜も同意するように頷いて「あいつは何考えているのか、全く分からないな」と言った。桜梨のいた部屋から紅零のいる牢屋まで、更にそこからイカレた奴の研究室までは一時間近く。牢屋までは十分程度、イカレた奴の研究室は離れにあるために五十分近くかかってしまうのだった。

 そんな頃流架たちは、のんびりと家へと歩いていた。しばらく來斗と談笑をした後、窓際から空を見上げる來斗が見せた儚げな表情が少し気になったが、あまり長時間居ては迷惑になる、と言う蒐の言葉によって帰宅が決定した。流架は思いつめたような表情をしながら「ありゃ、でっけー悩みがあるで。一瞬笑ったから大丈夫だと思ったが……あれは作り笑いやな」と呟いた。
 葵も黙って腕を組んで頷いていた。蒐はフーガの頭を撫でて「まぁ多分、梨兎という名が引き金になったな。その名前を聞いた途端顔色が変わりおった」と言う。流架は唸り声を上げて、どうしたものかと、考えを巡らせ始めている。勿論根本となる部分を絶たないといけないのは理解していて、どうやったら根本となる部分を絶てるかが思考の中心におかれていた。
 「で、流架話は変わるが紅零はどうするのじゃ? あの場では何となく大丈夫だと思ったのじゃが、どうも心配でのう」
 突然だった。まるで流架の思考をさえぎるように蒐が言った。一瞬間抜な声を上げた後「ああ……そう言えばそうやな。嫌な予感もするし。桜梨は明日家から出るなといっていた。明らかにその時間に何かがあるのは確かやな」と答えた。來斗の方も考えたいが、やはり一番心配なのはパートナーである紅零のことだった。桜梨は保護だといったが保護ならばもう少し穏便な方法があっただろうと流架は考える。蒐は紅零がさらわれた現場は流架の話ぐらいでしか知らないが、結局は流架と同じ結論に至ったらしい。
 「なら、明日動いてみてはいかがかしら? 紅零さんの居場所はちょっと分かりませんけど……」
 恐る恐るといった感じで葵が言う。それに対し流架は小さく首を振り「分かっていないのに動くのは避けたいな。それこそ時間の無駄になるかもしれん」と答える。蒐も同意だというように頷いて、深く、ため息をついた。結局紅零に関しては桜梨の言葉を信じるしかないのだろうか? 流架は小さく首を振って頭を働かせる。チラッと様子を見て危ないようだったら助ければいいのだ、場所さえ分かれば……。
 「蒐ちゃん、かなり前に天才だって騒がれた奴いたよな? 桜蘭研究施設でサクリファイス見つけた奴」
 流架の問いかけに小さく頷き「ああ、十代でサクリファイスを見つけて、二十代で説明して見せた二人組みじゃな、よう覚えとるよ。片方は桜弥兄で、片方は……梨兎じゃったな」と答えて、僅かに顔を顰めた。流架はニヤリと笑い「桜梨の奴、梨兎様っていっとったな。関係ありそうやし調べる価値は、ありそうや」と呟いた。
 今は殆どの人が契約を交わしいて当然の存在になっているサクリファイスであるが、実はサクリファイス、というものが現れたのは十年前の出来事なのだ。当時十八歳の二人組みが研修でやってきていた桜蘭研究施設で偶然見つけて、研究を始めたものだった。元々サクリファイスは自然のエネルギーの塊であり、それが動物に宿ったり、妖精のような形になったりしたもので、気付かないだけで何処にでもいる存在だった。
 妖精型はただの自然エネルギーの塊であるから、感情もない。動物型は自然エネルギーがただの動物に乗り移っただけのもの。元々は不安定で、消えやすかったものを研究して調節することによって、今のように安定した存在になった。人間型なんていうのは元々存在していなく、四年ぐらい前に現れたものが最初だとされている。
 「調べてみる価値はあるな。今も桜蘭研究施設にいる可能性はあるやろ。兄貴に聞いてみる」
 面白くなってきた、というように流架は笑い、蒐はどこか厳しい表情をしたまま何かを考えているのだった。