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Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.33 )
日時: 2011/03/29 19:56
名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: 0iVKUEqP)

第三十話 ディバイス

 バタバタと走る音が響いている。走り回っているのは紅零を抱えたその銀髪に真っ白な白衣を着ていて、平均的な体つきをしている青年と、それを追いかける桜梨と雨龍。なにやらゲームや絵本のような展開にも見えるが本人達はいたって真剣でお互いに引こうとしない。いや、絵本とかゲームでもあっさりとは引いてくれないのだが。不意に銀髪の青年が大声で「止まりなさい、桜梨!!」と叫ぶ。
 桜梨はその言葉を聞けばフンっと短く鼻で笑って「製造コード104001、天使型サクリファイス固体名称、桜梨のマスターは貴方様では御座いませんゆえ、命令に従う義務はありません」と淡々と業務的な口調でそう告げた。普通に嫌だといわれるより数倍は腹が立つだろう。
 ギリッと銀髪の少年が歯軋りをするのを見れば、雨龍は非常に満足そうに頷いて笑った。桜梨の方もどこか勝ち誇った笑みを浮かべてガッツポーズ。そんなことしている間に紅零を助けてしまえば早いのに……。走るスピードを上げられないのか、上げる気すらないのか、その辺は不明ではあるが、桜梨が本気を出してしまえば楽に相手を捕まえることが出来るのだ。まぁその本気を出した時点で紅零まで吹き飛ばしてしまうそうな勢いで力を放つからほぼ意味が無いというか、手間が増えるだけなのだが。
 「つかそのお嬢さん返せよ。預かりもんだから」
 さてと、というような感じで軽く頭を描きながら言う雨龍。その動作はなんと言うかおっさん臭くて、隙をつけば一瞬でダウンしてしまいそうにも見えた。まぁその横で銀髪の青年を睨んでいる桜梨のほうは経っているだけでも計り知れない力を感じるため雨龍とは正反対に隙を突きにいったら逆に叩きのめされてしまいそうな錯覚を受けた。
 「返すわけないでしょうに。上手くいけば第二の天使型ですからね」
 天使型のサクリファイスは現在桜梨一人しか居ない。それは天使型が元々いるものではなく、人為的に“作られたもの”であるためだ。人間型もそうなのではあるが、その成功率が非常に低い人間型の作成に加え、さらに負荷を加える。そのため多くの場合は意識が戻る前に体や心のほうをやられてしまい、殆ど動かないまま処分されていった。
 事実、桜梨も処分される予定だった。それを彼が慕っている科学者“天乃梨兎”の特殊組成実験によって今の状態まで回復させられている。
 しかし絶大なる力と引き換えに、人間型サクリファイスとして一番大切な“人間としての感情”が非常に欠落してしまっている。この辺は梨兎と一緒にいることで大分何とかなりつつもあるのだが、いまだに“罪悪感”と言うものを持っておらず、何をしても無表情のままだ。多くの人間型サクリファイスは主人を守るためとはいえ人殺しなどは当たり前に躊躇う。そして殺してしまった後は罪悪感で泣き崩れたり、その後は一切戦えなくなってしまったりする。しかし桜梨は必要とあれば人殺しだろうが躊躇わないし、後悔もしない、何も感じない……桜梨が異端などと称されるのは力よりも何よりもその辺が一番影響されているのかもしれない。

 「トチ狂ってやがる」
 ポツリ、と桜梨が呟いた。経験者からしての言葉だろうか、その声には確かなる怒りと、銀髪の少年に向けられた哀れみの感情があった。どうどう、と桜梨が力を本気ではなってしまわないように撫でて落ち着かせようとする雨龍の姿は非常に場違いにも見える。だが先ほども言ったように桜梨が本気になってしまうと紅零も危ないのだ。雨龍がいてよかったのかもしれない。
 「貴方には言われたくありませんよ」
 いたって冷静な口調で銀髪の青年が言った。しかし明らかに引きつった笑みを浮かべていて、爆発寸前、と言ったところか。もう駄目だ、本気出さないと終わんないよって感じでため息をついた後「特殊ディバイス、韋駄天」とチョーカーに触れながらそう呟く。そうすると服装が一瞬にして腰に布を引っ掛け若干スカートに見えるようなものに、膝の辺りまでの黒いスパッツを穿いている。上は黒に胸元に天使の片翼と金色の輪がデザインされた、右袖がスパンと切り抜かれた長袖のものになった。
 桜梨の周りには薄い水色の帯のようなものが浮かんでいた。帯びのようなものは不規則に光を発していた。
 ディバイスというのはサクリファイスが扱う武器のことで、普段は形を持っていない。それがサクリファイスが武器の名称を告げることによって形を作り上げるのだ。しかし何でも形に出来るというわけではなく、人間型であればランクと属性、妖精型、動物型であれば属性があわなければ形にすることは出来ない。
 さらに特殊ディバイスというのは二つ名を持ち、役目を与えられたサクリファイスのみが使える。桜梨の二つ名はSacrifice under the moon……月の下の犠牲であり、役目は破壊と修復。そのため特殊ディバイスにはすばやく破壊し、完璧に修復するためのものが揃えられている。韋駄天はすばやく動くことで破壊対象を追い詰めるためのものだった。
 「さてと、必死に逃げろよ“獲物”クン」
 歪んだ笑みだった。負けることなど知らない、捕らえられないものなどないと言うような絶対的な自信から来る笑み……。銀髪の少年はそんな桜梨の笑みの恐ろしさからか、ひぃっと声を漏らした。……刹那、桜梨がダンッと地面を蹴って走り出す。
 全く縮まらなかった距離はぐんぐんと縮まってもう手が届く距離まで近づいていた。銀髪の少年は拳銃を取り出して紅零の頭に当て叫ぶ。「それ以上動くと撃つぞ」と……。それでも桜梨が浮かべる笑みは余裕そのもので、全く揺らぐことはない。
 「なら、撃つ前に取り返すだけだ」
 ヒュンッと風斬り音がしたかと思えば、いつの間にか銀髪の少年の体は宙を舞っていた。落とした視線の先の桜梨は紅零を抱えて余裕そうな笑みを浮かべている。ため息をついた瞬間に服装も元の白いTシャツにケープを羽織った格好に戻っていた。
 「任務完了……戻るぞ」
 コツコツと歩き出す桜梨。銀髪の少年は静かに桜梨の頭に拳銃を向けて「死ね……糞餓鬼」と呟いた。雨龍はその様子を見ても慌てやしないし、桜梨も警戒などせずに歩いていく。パンッと人を殺す道具しては軽い音が響いた。
 「羽の守り(フェザー・ガード)」
 そして、あまりにも呆気なく、簡単にその銃弾も弾かれてしまった……。

——ちょっとしたぼやき——

ちょっと桜梨がチートすぎる気がする……。
にしてもまさかの衣装チェンジ。こんな話を書くとは思ってなかった((