ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.34 )
- 日時: 2011/04/05 18:53
- 名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: APpkXS4D)
第三十一話 判断者が見る行方
ユラリ、と光が揺らぐのが見えた。その光を宿していたのは流斗の杖についている薄水色の石。いつの間にか夜は明けて空は明るくなり始めている。閉じていた目を静かに開いて「……今日が運命の分岐点、ですね」と呟くのは流斗である。その横にいる黒奈はすやすやと穏やかな寝息を立てていた。全く呑気なものだ、なんて言う風に考えてもこれから起こるであろう事を考えるとゆっくりと眠らせてあげようなんて言う風に起す気にはならない自分は可笑しいのだろうか、と流斗は苦笑いを浮べる。
流斗は眠る気になれなかった。いや、眠る気になれなかったというよりは、眠りたいのに、眠ることができないと言うのが正しいのだろうか? とにかく桜梨のところに行ってか言ってきたあとはずっと杖を抱きかかえて、とりとめもなく自分が“人間”だったときのことを考えていた。全く未練がましいな、自分と自嘲を浮べて、スッと立ち上がる。どんどん明るさを取り戻していく空は流斗にとって眩しすぎるだけで、僅かに目を細めた。
「さぁ、待ち受ける終焉は悪夢か……それとも平和か?」
ポツリ、と呟く。こんな事態に陥ったとき流斗が見てきた傾向から言えば、高確率で悪夢に向かう。ああ、そもそも天乃に残っている言い伝えが不十分だから悪いんだ、そう悪態をついて、杖で地面を突く。桜梨や梨兎がつぶやいていたものは不十分で、実は大切なものが一つ欠けている。それは扉を開いた後、判断者が破壊を認めたとき、善か悪かを確かめることなく全てが無へ帰るだろうの後、だ。判断者が破壊を認めなければどうなるか、そもそも簡単に判断者が破壊を認めると思っているのだろうか? だとしたら笑ってしまう。
判断者は世界を調和させるために存在している。生者の数と死者の数をつりあわせたり、能力者が無能力者の命に手を出せないように掟をつけ、監視したり……。そもそもその言い伝えで扉とは元々判断者だけが開けるものであり、能力者が開けるようになったのはごく最近の話である。さらに言えば、能力者が扉を開けるのは十年に一度、三月の満月の日、決められた時間だけである。別に開く必要もないものを開けるようになってしまっている、ちょっと迷惑な話である。
破壊を認めなければそれ相応の見返りを……。それが死であるか、能力を失うだけであるかはそのものの運次第ではあるが、正直言って死というのはやりすぎな気がすると流斗は思う。まぁ流斗より上層部にいる者達が決めたことなので流斗にはどうにも出来ないのではあるが。それでもそのものが何故扉を開いたかによって見返りの大きさが変わるのはいいと思う。単純にどうしようもできないぐらいにバランスが崩れてしまったことに気付いて扉を開こうとしたものもいた。そのものは見返り無しで、単純に歪みを正すだけ。
逆に私欲のために扉を開けようとしたものがいた。他の能力者に対する仕返しのためのものもいたし、単純に世界を自分のものにしたいためにドアを開いたものもいた。そのようなものは良くても能力剥奪、記憶の除去……悪ければ命の剥奪。実際流斗もその判断を下したことは何度もあるし、違反をしてお役御免になった流斗の前の判断者も何度もその判断を下したことがある。
それでも天乃の言い伝えが不十分なのはやはり多くの場合破壊を認められなかった場合、扉の記憶さえも失わされてしまうためであろう。流斗はそう考え一度だけ見せしめを用意して言い伝えを正した方がいいかもしれないな、そう考えた。
そんなころ流架と蒐は書類と睨めっこをしていた。桜弥の弟である流架はやろうと思えばいくらでも資料を持ってこれる。まぁバレた場合は酷い目にあうが、その辺は流架の能力を使って逃げよう、そういう話になった。
「……サクリファイスストーンを埋め込んだ人造サクリファイス……? どういうことじゃ」
書類の一つに蒐が視線を落として呟く。その書類には人間の体内にサクリファイスストーン、と言うサクリファイスのエネルギーを注入し、人間を強制的にサクリファイスに変える、と書いてあった。その書類の会った束に目を通していけば、見知った名前を二つほど見つけた。それを指差して流架に見せる。
指差した名前は……紅零。その横にカッコで月夜 紅零(ツキヨ クレイ)と書かれている。声を失って書類を睨みつける流架。さらに蒐が指を滑らせると、そこには桜梨の名前、やはりその横にもカッコで天乃 桜梨(アマノ オウリ)と苗字つきで名前が書かれていた。
「……なるほどな。本人の意思を無視した改造……というところやな。桜梨の名前の横にさらに進化実験成功、天使型へと書かれとる。恐らくあいつも初めは普通の人間型だったんやろう」
本当は梨兎の情報を得ようとしていたものだったはずだが、どんどんと人間型サクリファイスについてに調べるものが変化していっている。蒐は顔を顰めて「外道やな」とそれだけを呟いた。流架は小さく頷きながら次々と書類に目を通していく。細かく実験の状況等が書かれているものでそれを読んでいるだけで精神が行かれてしまいそうな、そんな気がした。
「梨兎はまだ桜蘭研究施設におる。特殊チームエージェントでサクリファイスの調整、リミットの開発をやってるみたいやな」
書類の片隅にあった情報を蒐に伝えれば。蒐は小さく頷いた。それを見た後流架はごく自然に「でも梨兎はどっちかって言うとグレー、やな。書類を見る限り梨兎が関わっているのは桜梨の進化実験だけや」と呟く。それを聞いた蒐は、じゃあ一体誰が黒なんだと言いげな表情をする。
「わからへんな……桜梨もグレーにみえるし……あー!! 何で桜梨を信用したんや俺ぇぇぇ!!」
頭を抱えてバタバタと暴れる流架を宥めながら蒐は資料に目を通している。最悪実力行使かもな、そう考えて深く、ため息をついた。