ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.7 )
日時: 2010/11/27 11:50
名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: d4HqvBA8)

第六話〜特殊〜

 戦いを終え、さっさと歩き出した桜梨は吐き気に襲われていた。サクリファイスとはいえ、戦闘能力が高いと言うこと意外は基本人間と同じなのだ。吐き気を感じることもある。もちろん病気にかかったりもする。
 そのままその場にしゃがみこむ桜梨。黙って口を押さえ、目を瞑る。吐き気に襲われるのはこれが初めてだと言うわけではない……むしろ戦いの後はいつも吐き気に襲われていた。またか、そう考えながらも吐き気が去ってくれるのを待つ。
 こんな時、自分にマスターがいてくれたら……そんなことを考えそうになる自分に冷ややかな笑みを送り、そんな考えを引っ込め黙って立ち上がる。吐き気が消えたわけではない。でもここに居ても無駄だと判断したのだ。ちなみにマスターとは桜梨の中で契約者のことを示す。
 普通のサクリファイスは契約者が自分を信じてくれていて、必要としていると言うことを実感し、それをを原動力として動いている。もちろん契約者に負担は無いので安心だ。
 しかし桜梨には契約者がいない。それは本来力を使えないことを意味する。だが桜梨は特殊で本人の意志があれば契約者など関係無しに力を使うことが出来る。ただしその場合、今のように吐き気に襲われたり、意識を失い、しばらくの間動けなくなったりする。
 それでも、契約者無しで力を使える桜梨は十分特殊で、異端だった。そのせいでプライドも高く自分が認めたもの以外とは契約しようともしない。しかも失敗作扱いすることまであるのだからかなりの問題である。

 「眩暈が……」
 歩き始めたのは良いが今度は眩暈。黙って近くにあった電柱に寄りかかる。桜梨の前に、少し透けていて、長い黒髪に左目は赤、右目は眼帯で隠れている少年……雨龍ウリュウが現れる。若干つり目で、どこか桜梨に似ていた。
 桜梨は、雨龍を見るなり呆れたような顔で「出てくるなといってるだろう? 雨龍兄様」と言う。雨龍は気にしてないように笑う。桜梨は深いため息をつき「流石の僕でもお前をレジェンドたちに隠す自信が無い。だから出てくるな」と言い放つ。
 「レジェンドねぇ……まだ誰だかもはっきり分からない。そんな中お前の中で大人しくしてろと? 退屈だよそりゃ」
 そう言って子供のような顔をする雨龍に冷たく「出てきたって面白い事は無いだろう? 所詮は全てゴミさ」と言う桜梨。雨龍は苦笑いを浮かべ「それは桜梨が歳のわりにドライなだけでしょ」と言う。
 「歳ね……そんなの覚えてない。それと五月蝿い。あまり騒ぐなら雨龍兄様でも切り捨てるよ」
 雨龍は冗談言うなと笑い飛ばす。それを見た桜梨はキッと雨龍を睨みつけ、歩き出す。雨龍は慌てて桜梨の後を追いかけ、横に並び「あまりピリピリしてても駄目だと思うけどなぁ」と言い、チラッと桜梨の表情を覗ってみるが、人形のように無表情。
 「こりゃ駄目だな」と呟く雨龍。桜梨は黙り込んだまま歩き続ける。何故かこの二人の周りだけ雰囲気が重い。雨龍は、もはやため息をつくことしか出来ない。凄い速さで雲が空を覆い始める。
 「早く行こう……雨が降り出しそうだ」
 そう言って歩くスピードを速める桜梨。雨龍も黙って桜梨にあわせて歩く。

 「そういえば桜梨って結局何なの?」
 何気なく雨龍が聞けば、不愉快そうな顔をし「ただのサクリファイスだ。分かりきったことだろう?」と言い放つ。雨龍は「まぁそれはそうだけど。桜梨ってかなり特殊じゃん。契約者いないのに力使えたり、エージェントの一員だったり」と言いながら不思議そうな顔をする。
 「そりゃ、他とは違うからな。サクリファイスだって梨兎リト様に認められればエージェントになれる。一部だがな」
 そう言ってフッと笑う桜梨を見て、雨龍は「そういうものかねぇ? 僕にはアイツが桜梨を使って、変なことをしようと考えてるようにしか見えないんだけど」と言って苦笑いを浮かべるのだった。