ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 腐った彼は、笑わない。 ( No.2 )
- 日時: 2010/01/07 19:21
- 名前: 宵子 ◆OKoRSyKcvk (ID: WkUUvDWJ)
- 参照: 自重しろ。
story−01 【腐った平社員は働かない】
「篠紫野、お前の心の引き出しには上司へのマナーというものを仕舞っているのか?」
「すみません、クリーニングに出してます。多分1週間で戻ってくると思うんですけど」
「早く電話かけて今戻ってくるようにしてもらえ」
「いや、一週間後には僕、そのマナーに醤油ぶっかけて汚す予定なんで」
「……その前にお前を血で汚すぞ」
そう言うと病葉 迷(わくらば まよい)は、神経質そうに眉間に皺を寄せた。綺麗な顔が台無しだといつも言っているのに、この上司は。
そう思いつつ視線を迷に送ると、迷はぎっと目を三角にしたまま、怒りの鉄拳を僕の頬に叩き込んだ。その勢いのまま、首はごきりとなって180度回った。
「ちょ、痛……」
「なあ篠紫野、扉を見てみろ」
迷の言葉に素直に従いながら、みちみちとなる首のまま、自分の背中越しにある扉に、視線を這わした。
広い書斎の扉には、白い半紙に荒々しく筆で「社長への心得」と書かれたものが、セロハンテープで貼られてある。
そしてそれに関するもの数十枚が壁にまで進出しているので、無理矢理貼ったことがわかる。
顎に右手をあて、何か思考しているようなポーズを作り、「ふむ」と口を開いた。
「……つまり、迷は大雑把だという」
「成程、首が曲がるのが好きらしいな、篠紫野は」
ごきごきっ
……人間の首は270度までは曲げることが可能だということがよく分かった。
迷は僕のリアクションがないことがつまらなかったのか、首を曲げるのをやめて、ふんぞり返って自分の椅子に寄り掛かってしまった。
ふむ、しかし本当に首が痛い。
迷はリアクションがなかったから面白くない、と捉えているようだけど、実は悲鳴が出そうな程痛かったのだ。いててて……。
優しく自分の首を撫でていると、迷はそれを満足気に眺めながら、口も開いた。
「まあ良いだろう、今回のは許してやるさ。だからと言って、お前が許されたわけではないけどな。……ということで、ホットケーキとコーヒー。作れ平社員」
「はあ?」
命令口調の迷の視線を辿ると、壁に立てかけてある古く細長い時計があった。時刻は———丁度午後3時。一般的にはおやつ時、だろう。
「分からないか? ホットケーキ、コーヒー。早くしろ。俺は無能は嫌いだ」
「……はいはい。イコールお子ちゃまってことだ」
「ぐだぐだゆーな、三下平社員。またの名をただの部下。言っただろ、無能は——」
迷が最後の言葉を紡ぎ終える前に、書斎の扉を後手に閉めた。扉の向こうから僕についての罵倒が聞こえるけど……。
それよりさっさとホットケーキを作ろう。
後コーヒーだったっけ? 迷は甘党だから、砂糖多めで……。
と、そんなどうでもいいことを思案していると、視界の端に、小さな写真立てが映った。古びていて、プラスチックの花で彩られている。
セピア色の、中に飾ってある写真には、幼き僕と————……
「———分かってるさ」
自嘲気味に、そう呟く。
分かっているからこそ、思った。
「無能は、いらない。だろ?」
迷の皮肉じみた言葉が、聞こえたような気がした。