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Re: 腐った彼は、笑わない。 ( No.7 )
日時: 2010/01/07 22:40
名前: 宵子 ◆OKoRSyKcvk (ID: yGNKhXgn)
参照: 自重しろ。

story−04 【腐ったリーダーは救われない】


 「つまりアレか」

 赤毛の男が、止まった時間の中で言葉を紡ぐ。
 目の前には、ナイフを構えた敵がいるというのに。

 「今俺にナイフを構えているのは———チャンスが出来たから、という実に悪質極まりない考えからか?」

 止まった時の世界のはずなのに、赤毛の男の舌は流暢に言葉を生み出す。
 それが何故かなんて、ナイフを構えている今となってはどうでもいい。———男はすでに、内心で勝利の笑みを浮かべていた。

 「もしかして、ナイフだから勝てると思っているか?」

 ああそうさ、その通り。
 男はその言葉に、そんな思いをこめた視線で、赤毛の男を見つめた。

 「あのな」

 もう一度、赤毛の男に語りかけられる。
 赤毛の男はまだ体の半分しか振り返っていない。
 男がこうしてナイフを振りかざそうとしている。なのに、彼からは恐怖が感じ取れなかった。表情が髪に隠れて見えないせいだろうか?

 「俺は悪が許せない。だから———」

 た、ん、っ———

 全てがスローになっているこの世界で、赤毛の男は完全に振り返ると。男は、男は———実に凶悪な笑みを浮かべて————

 
 「———ナイフなんて、低俗なもん……使ってんじゃねえよおおおおおおっ!!」

 
 赤毛の男が、怒った。そして腹の奥底から咆哮をあげる姿を、彼は見た。
 赤毛の男の表情から、冷静さが少しずつ欠けてゆくそして———
 ——次の瞬間、止まっていた時間が動き出した。
 そして男はいつの間にか、自分を襲っている違和感に気づく。

 
 「……あ、れ……?」


 みちみちみち……っ……
 
 男はそれを聞いた時、自分の耳に届く音が理解できずにいた。
 ナイフは手にしっかりと握られている。しかしそれよりも早く、赤毛の男に何かをされたということは、本能で察知した。

 体は1秒前と変わらず、宙に浮いたままだ。
 男は恐る恐る視線を自分の腹———異様な音がする腹部を——ちらりと見、そして———

「う、あ、あ、う………」

 
 ———また、理解し、恐怖した。
 
 みちみちと鳴り続ける妙な音———それは、赤毛の男が繰り出した蹴りによって、自身の腹が悲鳴をあげている声だった。

 「はっ……あ……なん……っで……!?」

 男は、腹を圧迫されて声が出ないのか、苦悶の表情を浮かべては、また大きく目が見開かれる。
 そんな男を見て、赤毛の男は落胆したように肩を落とし、ぼそりと呟くように言った。

 「……あーあー、最悪だ。こんな“悪”にムキになるようじゃーあ……駄目駄目だ、うん。駄目駄目×5ぐらいが妥当の判断か? いやまぁこれでも俺は我慢した方だろ……」

 男の様子を伺いもせずに、赤毛の男はぶつぶつと後悔の言葉を口にする。そんな赤毛の男の前でも、彼は恐怖で、脂汗で顔を塗れさせていた。

 「……悪は、駄目だ……そう、教えられたさ……だからさぁ……だからさぁ……だ、か、ら、さ、あ!」

 言葉は、紡がれるごとに声色を変えていった。それは、冷たい氷のような色から、炎のような灼熱の色へ———

 「だから、さあー————」

 ……そして、ようやく赤毛の男は、顔を上げた。
 その表情に宿っているのは————純粋な、純粋過ぎて見ているものが凍りつくほどの、笑み。
 
 赤毛の男は、彼にとって最後になるであろう言葉を、発した。


 「悪は、滅びとけ?」


 *



 「志賀人(しがと)さーんっ! お待たせしましたーっ!」

 ———廃ビル、午前1時。
 やけにテンションが高く明るい声が、窓に反響して、階全体を振るわせる。
 その甲高い声に志賀人と呼ばれた————悪張 志賀人(あくばり しがと)は、苦々しい表情を浮かべ、その声の主を見た。

 「うるせぇぞ、言葉(ことは)。甲高い声できゃーきゃー騒ぐな」
 「はーあっいっ! 私、志賀人さんの言うことなら何でも聞きますよっ! ……んでんで、この散らばってるヤンキーさん達、どーしちゃったんですかっ?」

 言葉(ことは)と呼ばれた少女は、その小柄な体躯に合わないぶかぶかの緑ジャージの上着を揺らせつつ、そう質問した。
 そんな少女に悪張志賀人は、先程戦闘を終えた男の顔から腰を上げつつ、

 「いや、俺が外に居たらこん中からビールの空き缶ぽい捨てしやがって———あんまりうるせぇから潰した。悪はいけねぇよな、悪は」
 
 と、ゆらゆらと廃ビルの出口に向かった。
 その後を、言葉が早足で追う。その際に、頭に常に被っているネコ耳帽子がずれ落ちそうになったが。
 悪張は、廃ビルから出る途中、最後に一度だけ気絶しているヤンキー達を一瞥し、言った。


 「悪は、この世に一番いらねぇんだよ。まぁ、俺が潰すけどな、徹底的に」

 悪張は踵を返し、夜の繁華街へと進み始めた。
 そしてその後を、ちょこまかと言葉がついて歩く。


 これが———裏の世界でいう、“正義屋”と呼ばれる者たちの——商売だった。