ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 腐った彼は、笑わない。 ( No.8 )
- 日時: 2010/01/08 23:35
- 名前: 宵子 ◆OKoRSyKcvk (ID: QBvEkUjp)
- 参照: 自重しろ。
story−05 【腐った闇医者は間違えない】
*
————同時刻、とある高級ホテルの最上階にて。
夜景が綺麗だと有名なその階の一室では、男性2人が話し合っていた。
いや、正確には、片方の男性1人だけが相手を罵っていると表現したほうが、合っているだろう。
怒りの血相を抱えた男——口元に髭を生やし、きっちりとスーツを着込んだ方は、この地域では有名な国会議員だった。
どうして彼がこんな時間に此処に居るのだろうか?
議員の男は、唾を飛ばしつつ、ソファーを蹴り倒して、男に掴みかかるかと思うほど興奮していた。
「ふざけるな! どうしてお前なんかにこんな額を渡さなければいけない……! 私は次の選挙に向けて忙しいんだ!」
怒号を発する男の様子とは打って変わって、もう1人の男は、ソファーにゆったりと腰掛けて飄々とした態度をとり続けている。
議員の男のスーツ姿とは対照的に———男の服装は、真っ白い白衣にベージュのジーンズ。ここが病院ならまだしも、高級ホテルとなれば些か可笑しい気がする。
「どうして? なぜ? そんなことは貴方が一番分かっているんじゃあないんですかね。…………西間 義孝さん」
白衣の男はそう疑うような口調で言うと、すくりとソファーから立ち上った。そして、夜景が評判だと噂されている、ガラスで作られた壁へと歩み始める。
自分のフルネームを呼ばれ、議員の男は体を硬直させた。
しかし、白衣の男がガラスの前に立つ頃には、国家議員の男は憎悪を込めた目で彼を睨み付けていた。
「そもそも、貴方から取引を持ちかけてきたんでしょう? ————今回の選挙の票を、偽造して欲しい。そして、有力な斉藤議員が、選挙に出られないようにしてほしい。…………と」
「だっ……だからといって、この額はあまりにも仕事に合わないじゃないか!」
「……で、貴方は報酬を払わないと?」
「そうだ! 当たり前だ! こんなの、常識がないにも程が———」
———と、議員の男の怒声を遮り、白衣の男は音もなく両腕を高く頭上に掲げた。
いや、両腕を掲げたのではない。よく見ると、両手に持っているのは———2本の試験管。中では液体が揺れている。
「これ、なーんだ?」
まるで玩具を見せびらかす子供のような、満悦した笑みを浮かべる白衣の男。
そんな男と対照的に、突然出現した不明の試験管に、議員の男は眉を八の字にしてゆく。
「そ、それは……何だ!? ま、まさか……触れただけで感染する超極悪ウイルス……?」
「テレビの見過ぎだって、アンタ」
恐怖で顔が歪んでいく議員の男に、失笑する白衣の男。笑いつつも、試験管を何度か男の眼前にちらつかせる。
その度に、いつもはテレビの中で偉そうな議員の男が、いちいち反応するのが、白衣の男にとっては非常に面白かった。
やがて、その反応にも飽きたのか白衣の男は、どこからか2つのティーカップを取り出し、言った。
「さて、ここでひとつ賭けをしようか」
「か、賭け……?」
「そう、賭け」
白衣の男は2つのティーカップに、これまたどこから出したのかポットに入っていた湯を注ぎ始めた。
え?何してるんだ?と目を白黒させる議員の男。
そんな男を放っておいたまま、実に明るい笑顔をしながら、白衣の男はスプーンでくるくると容器の中身をかき混ぜる。
そこでようやく準備が整ったようで———白衣の男はテーブル上に、赤色と青色のカップを置き、言った。
「さて、どっちか無害な方を飲み終えたらアンタの勝ち。無論、報酬はいらない。何も俺は話さない。だけど有害な方を飲んだら俺の勝ち。金は貰って———アンタは……」
ばきばきばき…………
白衣の男が言葉を言い終える瞬間、微かに液体の残りが滴る試験管を、右手で———砕いて見せた。
「…………毒で、ばーん。ってのは?」
ばーん。
それと同時に、左手では拳が破裂するような仕草をしてみせる。
その仕草に恐れをなしたのか、議員の男は首振り人形のように首を何度も何度も振った。
—————ど、どちらを選べば良いんだ……!?
議員の男は、必死に自身の安全が保障される道を模索する———だが、結局は賭けの2文字が頭を過ぎる。
————だけど、これは私の危機と同時にチャンスじゃないか! ……これで私が無害な方を飲めば……金は払わず、しかもこの件を話さずに……!
———三十秒程、議員の男は頭を抱えて考えていたが、やがて顔を上げた。
額にはびっしょりと冷や汗をかき、握り締めた手は手汗で濡れていたが。
議員の男は、答えた。
「……青、だ……青のカップだ……!」
そう搾り出すように声を出すと、男は青いカップを手にした。
そして少し躊躇するような風を見せたが、目をつぶると、勢い良くその中身を飲み干した。
にやり、と笑みの影が濃くなった白衣の男の表情に目がいく。が、これが自分の選んだ結果。後は待つしか———!
「あ、あれ?」
数秒経ち、議員の男は、自分の体に何も異変がないことに気付く。
そして男は—————歓喜した。
「や……った!私は……私は勝「え、何で?」
男の喜ぶ声。それをまたもや遮るのは———白衣の男の、間の抜けた声だった。
白衣の男に対し、議員の男は荒く罵る。
「お前は馬.鹿かあっ!? ほら、見てみろ———私はこうやって生きて……」
「だからさ」
この男は、何度自分の言葉を遮れば気が済むのか。
怒った男の顔色なんて気にせずに、目の前の白衣を着た男は———微笑み、言った。
「だから、アンタは俺に頼るんだっつーの」
次の瞬間———議員の男は、もがくように四肢をバタつかせ——苦しみ始めた。
しかしそれさえも——白衣の男には関係なかった。
議員の男が苦しみ始めた頃には、白衣の男はもう部屋の外へと歩んでいた。…………片手に、グレーのスーツケースを持って。
「…………卑怯ですね」
反論しようとした男を後にした男は、その静かな冷たい氷のような声に———後にしたはずの部屋を振り返った。
閉じた部屋のドアには———桃色のナース服を身に纏った、肩までの黒髪をなびかせた、若い女性が寄り掛かっている。
その男に対する視線は———嫌悪。凍てつくような眼差し。
しかしそんな表情に慣れてしまったのか、男は曖昧な笑いを返し、また帰路につく。その後を女性は追いながら———手元のカルテに何かを書き込む。
「本当に、卑怯ですね…………両方に、猛毒を仕込んでおくなんて……悪逆非道にもほどがあります……」
「そうかい? だってそうでもしないと、あの議員。金払わなかっただろうし」
変わらず、能天気な顔をしている白衣の男に、ナース服の女性はため息を漏らし———ぽつりと呟く。
「…………さすが、と言うべきか分かりませんが……やはり貴方は変わらず、軋芽 帯人(きしめ たいと)なんですね…………」
「ふふん、それは俺に対する最高級の褒め言葉だよ? ———十六夜(いざよい)ちゃん」
白衣の男———本名、軋芽帯人。
ナース服の女———姓名、十六夜。
2人は、また新たな依頼者を見つけるべく————“闇医者”の仕事を探す為、夜の都会へと踏み出した。