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Re: -妖狐と魔術の交差点- ( No.25 )
日時: 2010/01/30 17:24
名前: 更紗@某さん ◆J0e2FQAL2U (ID: YpJH/4Jm)

第三章 黒の使者、蠢く。

交差点12

 神崎辰巳はごく普通の高校生だ。
 なのに何故着物少女と半ばコスプレの銀髪黒服オレ女がいるのだろうかと、今更疑問に思う。
 神崎の家のリビングには今、角が丸まっている四角いテーブルを取り囲むように神崎+和服の妖怪少女+銀髪碧眼オレ女が座っていた。
 そんな奇妙な構図の中、部屋の中は静まり返っていた。誰一人として言葉を発しない空間で、神崎は気まずい気分になっていた。
 (ああ……。とりあえずこの気まずい雰囲気をどうにかしなければ。ていうか詩世も銀髪オレ女ことエルザも、何で喋らねえんだよ。この事件に関わってんのお前らだろ)
 そうは思いつつも殺し屋の魔術師が襲来した後で、何事も無かったかのように世間話をするのもどうかと思う。
 神崎はちらりと詩世の方を見た。綺麗な白い肌を持つ少女の顔は、どこかむすっとなっている。原因は詩世を置いて突然家を飛び出し、ボロボロになってしかも女連れで家に帰った神崎だ。神崎としては成り行きでこうなってしまったわけだが、何だが微妙に罪悪感がある。
 と、神崎が色々と考え込んでいる中、口火を切ったのはエルザだった。

「久しぶりだな、詩世」

 沈黙の世界を壊した言葉は、まるで友人とかに「おはよう」などとでも言うような、そんな口振りの言葉だった。
 対して詩世は「久しぶりじゃなエルザ、そっちはどうじゃ?」と普通に返す。神崎の只今の状態、拍子抜け。

「えっと、お二方知り合い……?」

 神崎は恐る恐る訊ねてみた。二人は至極当然のようにこくりと頷く。
 さっきまでの沈黙世界に耐えていた俺は何だったのかと、がっくりとうなだれる神崎。

「エルザはわしを手助けしてくれる魔術結社“薔薇十字団”(ローゼンクロイツ)の一員で、わしの味方じゃ。エルザが来てくれて助かったぞ、おかげで“双翼の闇”は撤退したわけじゃしな」
「正確には、お前を狙っていた依頼主の方から依頼を破棄されたらしい。あのまま“双翼の闇”と戦っていたらどうなっていたかは分からん」

 詩世の話しぶりからして、やはりエルザは味方のようだ。まさかダルシーを退けて、詩世をさらっていくなんて事はなかったらしい。
 ところで“薔薇十字団”(ローゼンクロイツ)とは何なのだろう、と神崎が疑問に思っているとエルザがそれを察したのか言った。

「“薔薇十字団”(ローゼンクロイツ)はオレの所属する魔術結社の事だ。現在詩世を狙っている魔術結社“堕天の一団”(グリゴリ)と敵対している。おそらく“双翼の闇”に詩世を捕獲するよう依頼したのは“堕天の一団”(グリゴリ)の奴らだろうな」

 へえ、と神崎が納得したように頷くと、エルザがその場を立ち上がる。

「どうしたんだ?」
「オレは別の仕事があるからこれで帰る、精々詩世を護ってやってくれ」

 そう言うとエルザは何か言葉を呟いた。おそらく魔術の呪文だろう、唱え終わるとエルザは虚空へと消えていってしまった。
 呆然と神崎がエルザの消えた場所を眺めていると、どこからかぐううう……という、まるで漫画やアニメでお腹が減った時に鳴るような音が聞こえた。
 くるりと音のした方を振り返ると、詩世がお腹を押さえて上目遣いでこちらを見ている。さっきの奇妙な音は詩世の腹の虫がないていたらしい。
 (そういやこいつ、逃げてるとか言ってたんだっけ……。て事は暫く何も食ってないのかもな)

「何か食うか?」

 神崎は優しい声で、そう言った。

 ***

 ——人混みがうざったい。バイクのエンジン音がうるさい。
 都会の空高くそびえる数多くのビルの屋上で、とある少女は遙か下を眺めながらそう思った。
 ノースリーブの黒服の少女の名は“白銀の討ち手”——エルザ=ハイゼンベルクが本名なのだが、どちらかといえば“白銀の討ち手”と呼ばれる事の方が多い。魔術師にとって魔法名はもう一つの呼び名のようなものだし、仕事の都合上仕方が無い。
 エルザは何かを待っているようだった。それもかなり待っているようで、エルザの無表情の顔はどこか苛立っている様。
 エルザの脳の中に、都会の人間達の声でも無く、バイクなどの騒音でもないまったく別の音——というよりは声が入り込んできた。

『悪いな“白銀の討ち手”、待たせちまって』
「……“劫火の御者”、遅い」

 『情報伝達』(テレパス)により、脳内に送り込まれてきた“声”。
 どこかチャラけた感じのする、声の持ち主の名を呼ぶ。おそらくエルザの“白銀の討ち手”と同じ魔法名なのだろう。
 エルザに対し声の持ち主は反省した様子など無いようだ。“劫火の御者”は問いかける。

『で、“九尾の妖狐”は無事か?』
「ああ、問題無い。“双翼の闇”は撤退した。とりあえず“九尾の妖狐”は安全地帯に置いて、オレは次の任務に行く」
『へえー、そう。まあ下手に“アレ”を傷つけないでくれよ。“アレ”が傷付いたら、上層部(うえ)に怒られるのはオレなんだからさ』

 『じゃあな』と言うと、そこでエルザの脳内から声は途切れた。
 エルザは一瞬複雑な表情になったが、次の任務を遂行すべく都会から消え去った。