ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 刃 ( No.180 )
- 日時: 2010/02/28 14:15
- 名前: right (ID: zuIQnuvt)
- 参照: 『刃』はご覧のスポンサーの提供でお送りしています。byシュウヘイ&聖也
Ⅹ.tempus fugit[時は逃げ去る、光陰矢の如し] 下
>>159の続きです。
ミィミィの後ろにひっそりと佇んでいたのは、白衣を着た青年。眼鏡をかけている。この人物が、友哉を止めると言った声の主。そんなことが、こんな細っこい男になんかできるのだろうか。
「できますよ」
自分の心の声に呼応するかのような口ぶり。
男は白衣のポケットから注射器と、液体状の薬のようなものを取り出し、薬を注射器に入れた。薄い水色のような色だ。そうすると、男は口を開いた。
「『paramount human』というのは『研究』生み出された『失敗作』です。我々は本来、このような恐ろしいものを作る気はなかったのですが…。彼は『失敗作』の『最高作』です。彼の力はとんでもないんですよ。『万物消滅』の力。そう、何もかも消し去る、悪魔が作った能力です。しかし、その力は『精神が乱れた時』にしか使えないんです。だからこの、『ph精神安定剤』が必要なんです。ミィミィさん」
持っている注射器をミィミィに見せてみせた。しかし、疑問に思うことがある。自分の名前を知っていて、能力を使う者を『paramount human』といってみせた。それについて何か詳しいようだ。
何者だろうか。
まさか、『ドラゴン・スラッシュ』のメンバーではないだろうか。
一応、警戒はしておこう。
さらに、男はしゃべる。
「私も一応、『paramount human』ですよ。名前はシュウヘイ。能力は過去を見る力、いえ、過去が勝手に見えてしまう『劣化品』と言えばいいですね」
ご丁寧に自己紹介までした。だから、自分の名前を知っていたようだ。
でも、だからなんだというのだ。
ミィミィはシュウヘイを一瞥し、苦しんでいる友哉を見つめた。かわいそうだ。何とかしないと。
「それでは、役者も来たようですし、始めましょうか」
友哉の後ろには、制服少女を肩に担いだ学ランの青年が、息を荒げて立っていた。
——友哉の能力は『万物消滅』。全てのものを消し去る力。能力効果範囲は半径およそ三メートル、直径およそ六メートル。その範囲に入れば、あらゆるものが消えてなくなってしまう。つまり、死ぬ。だが、本来の力の十五分の一程度だという。それは、本来の人格、『友哉』が力の放出を妨げているらしい。『研究室』というところにいた時には二重人格だったが、別の人格はほとんど現れなかった。本来の人格がほとんどを支配していたが、ある時、研究室の半分は消えてしまうほどの力が観測された。しかし、それも本来の力の十分の一程度だったという。その原因は、もうひとつの人格『トモヤ』。彼は力の解放の、鍵のような存在だそうだ。彼はほとんどしゃべらず、ただ、息をしているだけ。感情のない『トモヤ』、と言われている。
その力を止める方法は二つ。
一、瀕死の状態にする。
二、彼の力(今の状態の力)とほぼ同じ強さの能力を持った力をぶつけ、『中和行動』をする。
一は、もう一人の『トモヤ』が出てくる可能性があり、攻撃しても『万物消滅』の力によって消される。なので、とても危険だ。
二は、比較的安全だが、彼の今の力と言えどかなり強力で、それなりの能力を持っていないと止められない。しかも、攻撃性の能力ではないといけない。なぜならば、こちらが補助性または自己守備性の場合だと、攻撃性との力の大きさがかなりちがうので、力に飲み込まれ、拒絶反応が起こり、体が粉々になってしまう可能性があるからだ。攻撃性同士だと、差が少しあっても相手の力に飲み込まれる心配は少ないので、安全だ。しかし、差がありすぎると、同じ結果になってしまう。
シュウヘイは二の方法をとった。
彼がいるからだ。
浜音聖也。
彼は、攻撃性の能力『物質分解』を持ち、尚且つ強い。『中和行動』が十分にできるくらいだ。
「聖也クン、お願いしますよ」
聖也はシュウヘイに声をかけられると、すばやくミィミィのそばに行き、制服少女を渡した。
「了解、シュウヘイ先生。…ミィミィ、怪我ないか?」
頭を優しく撫でられながら、そう聞かれた。
小さくうなずいた。
「そ、ならいいけど。じゃ先生、『中和行動』終わったら、それ、こいつにぶっ刺してやれよ」
「わかってますよ」
なんか、仲がいい教師と生徒のようだった。
今、『中和行動』が行われていた。これは、理科の『中和』と似ている。わかりやすくするなら、友哉が酸性の水溶液、聖也がアルカリ性の水溶液、そして、力同士がぶつかり合っている空間が中性の水溶液だろう。ただ、似ていないのは時間がかなりかかるということだった。
——三時間後。
『ph精神安定剤』が友哉に投与された後、友哉は昏睡状態に陥った。それは、『中和行動』受けた者にしか起きない自然現象らしい。脳内でさまざまな処理が大量に行われており、それを安全に行うために体が起こす現象だと言う。
ミィミィは静かに、彼らの会話を聞いていた。
「あー、つかれたー…敵を撒くの、苦労したっスよ」
「ああ、だからぜぇぜぇ言ってたんですね」
「『ultimate』の力を感じて、来て見れば次に待ってたのは『中和行動』っ。あーもー…一年分働いたってこれ」
『中和行動』?
ピリリリリリリ
誰かの携帯が鳴った。聖也がポケットからだ。
彼は携帯を取り出し、通話ボタンを押す。
「はいはーい、レイナちゃん?どしたの………え?は?…ウン、それで?……心葉さんが?…わかった、ミィミィも連れてく…ウン、泣くなって。大丈夫だって、心葉さん強いから…じゃ」
携帯を切り、ミィミィにこう告げた。やけに真剣な顔で。
「心葉さん…頭蓋骨骨折で意識不明らしい。『ドラゴン・スラッシュ』が学校に来て、やられたって」
嘘だ。
胸の奥深くで、何かが崩れた。
第二章に続く