ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 熱血教師と死神様 ( No.25 )
日時: 2010/03/01 17:19
名前: 海鼠 (ID: HiDlQ61b)

第10話

『北条の警告』の後、一応彼女にメールをしてみたが
何も以上は無くむしろ元気だと返信がきた。

北条はやっぱり冗談のつもりで言ったのだろうか。

俺はケータイを見つめながら廊下を歩く。
肩に何かがぶつかり、花びらが舞う。
その『何か』とは、純のことだった。

「…痛ェ。」

「あぁ、純! 
 悪い…よそ見してて……。」

心配する俺をよそに
床に落ちた鈴蘭を一本一本丁寧に取り上げる純は
どこか悲しそうな顔をしていた。

「高彦さん、すんまへん。
 …俺も急いでたさかい、気をつけんとな。」

そんな純の後ろに、
まだ蕾の小さな鈴蘭が落ちていた。
俺はそれを拾い上げ、純に向ける。

「可愛い鈴蘭だな。
 そんなに持ってどうするんだ?」

「…見舞いや、妹の。」

ぼそぼそと呟きながら、鈴蘭に手を伸ばす。
俺の手からスルスルと鈴蘭の茎が通る。

「病院に行くのか…。
 でもココは山の上だろ、一体どうやって。」

「俺たちの寮の部屋に妹がおる。
 一応、この学校の生徒やし。
 
 …妹の病気は普通の病院じゃ、治らへんから…。」

徐々に純の顔が暗くなるのが分かる。

「そんなに酷い病気なのか?
 俺も担任だし…、見舞いに行こうか。」

純は俺の肩にポンと手を置く。

「えぇよ、伝染病やし。
 その気持ちだけ受けとっとくわ。ありがとな。」

いつもの笑顔を見せて純は寮の方向へ歩く。
その後ろ姿が気になるが、
舞い散った花びらを1つ拾い上げ
ジャージのポケットに入れる。
そして俺は廊下を後にした。





「あぁ、純の妹?
 小学生の頃によぉ遊んでたで。」

春はソファに寝そべって、
懐かしそうな顔でそう言った。

「病気だって、知ってたか?」

「知ってるで。どんな病気か知らんけど…。」

遠くを見て考えていると、
紅茶の甘い香りが俺の顔の前を通る。

「シフォンケーキ、もうすぐ焼けますんで。」

五十嵐さんはニッコリ笑う。

「なぁ、チビラム…じゃなくて
 五十嵐さん。アンタ何か知っとんですか?」

春はびくびくしながら五十嵐さんに聞く。
五十嵐さんは黙ってうなずきながら、紅茶をすすり
ティーカップを机に置くと、一息ついて口を開く。

「『後藤みなみ』さんは『神呪病』です。
 3年前に発見されましたが…。
 眼を覚まさないんです、3年間…ずっと…。」

『神呪病』…。
北条のお父さんもそんな病気だって、
『あの時』に聞いた。

「神呪病って一体何なんですか?」

「『神』と『呪い』と書いて『しんじゅびょう』。
 意味はそのままです、神様に呪われるんです…。」

春はすぐに起き上がり、
少し強めの声で言った。

「神に呪われる…?
 せやかて、俺らは神の力を持っているけど、
 みなみちゃんを呪った覚えなんてないで!!」

五十嵐さんは、腕を組み始める。

「みなみさんは『勝利の女神』の血の持ち主。
 ギャンブラー達に命を狙われていました。
 …そこを助けたのが、あの忌々しい『生神様』。」

「『生神様』…。」

俺と春は声をそろえて言う。

確か、この学校に来た最初の日。
五十嵐さんは言っていた。
北条のお兄さんは『生神様』だ、…って。

「みなみさんにとっては生神様は命の恩人。
 その御恩を返すために、自らの命を捧げた…。」

「どうしてそこまで…!
 お礼と言っても、命を捧げるなんて!」

「純や。」

春は少しうつむいて呟く。

「俺、聞いたことあるで。
 純は昔生神の組織の一人で…。
 さんざん扱き使われていたって。
 みなみちゃん、もしかして純のために…。」

「そう、自分の命と純さんを『交換』したんです。」

『交換』。
その言葉が胸の奥につっかえる。

「勿論、純さんはそれに反対した。
 純さんは生神様の組織に乗り込んで
 みなみさんと一緒に逃げようとしたんですが…。」

五十嵐さんは遠くを見つめ、続けた。


「みなみさんは捕まってしまった。」


それから何分過ぎただろうか。
部屋の中は静まり返りオーブンの音しか聞こえない。

「そろそろシフォンケーキ焼けますね。」

そう言って五十嵐さんは席を立つ。

俺はジャージのポケットの中に手を突っ込む。
鈴蘭の花びらがほのかに香る。

五十嵐さんの作ったシフォンケーキを食べた後、
散歩がてらに中庭を歩く。

「先生ッ。」

聞いたこともない、女の人の声。
振り返ると突き刺さるような黒い髪の女の人。

「…だれですか?」

もしかしたら不法侵入?
俺は疑いの目で彼女を見た。

「そんな怖い目で見ないでください。」

彼女はそういうと髪ゴムを口にくわえ、
髪を横に束ね始める。

その顔つきは誰かに似ていて——…。