ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Ⅰ ( No.2 )
日時: 2010/02/07 19:52
名前: 奄鳶 (ID: KTH/C8PK)

Ⅰ[脱走と追放]
















「皇帝殿は何を考えているのだろうねェ」
「うん」
「僕らだって、皇帝殿に縛られるつもりは無いよねェ」
「うん」
「ヴィエリは皇帝殿をどう思うの?」
「うん」
「ヴィエリ、僕の話聞いてないよねェ」
「うん」
「……」
「うん」



瞬間、ヴィエリの顔面に拳がめり込んだ。


「っ痛い! ハリスの馬鹿……」
「ヴィエリ、僕の話聞いてくれない?」
「……俺はハリスの話に付き合うほど暇じゃないんだよ」
「このハリス様のお言葉を、聞かないとは……」
「俺、ハリスのそういう所が、嫌い」
「……ソウデスカ…」


話している少年二人。
ハリスとヴィエリは、小船の上に居た。
幅の狭い川の静かな流れが、古めかしい船を下流へと流していく。
木漏れ日は、ヴィエリとハリスに降り注ぎ、儚く消える。
静かな水音と、小さな鳥の囀り。木々の葉の擦れる音。
心地よい、小気味の良い音が此処には満ちている。

見渡す限り、鬱蒼と茂る樹のみ。
森の中を切り開くかのように、川は海へと続く。
流れは緩やかで、当たり前だが二人の乗る小船の進む速さも、ナマケモノの如く穏やかだった。



「ねェ、この船遅くない?」
「だったらハリス漕ぎなよ」
「僕怪我してるんだよねェ」
「何処が怪我してるんだよ」
「……違った。僕、実は病気持ちなんだよねェ」
「どんな病気だよ」
「ふ、船を漕ぐと死ぬ病?」
「前々から思ってたけどハリスって馬鹿だよね」
「ぬあ!? ヴィエリに言われたくないヨ」


彼らは、山奥の帝国の兵士だった。
更に彼らは、脱走兵だった。

Ⅰ ( No.3 )
日時: 2010/02/08 21:37
名前: 奄鳶 (ID: KTH/C8PK)



ヴィエリの髪が、風にかき乱される。
彼の黒髪は、太陽に透けて茶色に見えた。
同じような色合いの瞳は、時々赤や金の光を放つ。
年齢は14か15程。
何時からか、ヴィエリは自分の歳を数えなくなった。


「魚釣れないかねェ」
「釣竿も持ってないのに何言ってんだよ」
「おなか空いたんだヨ」
「我慢しろ」
「ヴィエリの意地悪ー」


ヴィエリと背中合わせで座っているのは、ハリス。
プラチナブロンドの髪は天然パーマで、乱れている。
色素の薄い、紅い瞳も、白っぽい髪も、彼は嫌いだった。
ハリスは今、16回目の夏を迎える。
夏は、何時でも嫌だった。
しかし、冬も嫌だった。



「ヴィエリ」
「ん」
「もう夜だねェ」
「野営するしかないよな」
「だねェ」
「眠いの?」
「うん」
「仕方ないな。でも、追っ手が……」
「気にしない、気にしないヨ」


一瞬にして、ハリスは土の上へと降り立った。
水の生臭い臭いが消え、森の穏やかな空気がハリスを包む。
ヴィエリは、ゆっくりと岸辺へ船を漕ぎ寄せ、地面に足をおろした。

空はもう、暗い。
闇が森を喰い始めていた。
月は無い。一番星が、煌き始めている。
ヴィエリとハリスは大樹の側に、樹のテントを拵えた。

居心地がいいとは言えない。
しかし、脱走してきた彼らにとっては、とても安心できる隠れ家だった。


焚き火の消えかかった灯が、燻っている。
森に無音は存在しない。
ありとあらゆる音が、彼らを包み、温かく迎えた。



Ⅰ ( No.4 )
日時: 2010/02/09 22:26
名前: 奄鳶 (ID: KTH/C8PK)







「うあ!」


誰かが、自分を見ているような気がして、飛び起きた。
ヴィエリの声が、夜の森に響く。
隣で、ハリスが安らかな寝息をたてていた。
焚き火の跡には、もう灯りは無い。
鳥の不気味な鳴き声。
木々の葉の擦れる音が、昼間よりも恐ろしく聞こえる。



何も見えない。
真っ暗だ。









闇。











辺りには、何も見えない。
星明りも心なしか、元気が無いように見える。
月は無い。空は黒い。森は黒い。




恐怖。



途方も無い、言い表せない恐怖が、ヴィエリを包む。
ふと、再び視線を感じる。
くるり、と辺りを見回すと、人影が見えた。


「誰」
「アンナ。アンナ=レドフィールド」
「……普通に名乗るんだな」
「ずっと監視していた」
「?」
「私の敵が、ずっと貴方達を監視していた」
「帝国の人?」
「違う。貴方の名前は?」
「俺はヴィエリ=メイビス。隣はハリス=ディーノ」
「ヴィエリ、灯をおこしてくれない?」
「いいよ」