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Re: ——吟遊詩人レミの物語—— ( No.5 )
日時: 2010/02/27 18:16
名前: 白魔女 (ID: Eda/8EBL)



——Ⅱ・



「カトリーヌちゃん、病気だよね」


 カトリーヌはハッとして目を見開く。後ろで話を聞いていたソレットは、危うく皿を落とすところだった。


「不治の病。そうでしょう? 後三日もしないうちに、カトリーヌちゃんは、死……」

「なんで知っているの!」


 声を荒げたのは、カトリーヌではなくソレットだ。

「こんな夜遅くに、それも子供が尋ねてくるなんて、最初からおかしかったのよ! なんなのあなた……」

「……ソレットさん」


 少女は恐ろしく落ち着いた口調で、言った。


「一曲、聞いてもらえますか」

「えぇ?」


 ソレットもカトリーヌも、すっとんきょんな声を出した。


「一曲だけですから」


 少女は許可ももらわぬうちに大きなカバンから見たこともない楽器を取り出した。拳くらいの大きさで、きれいな蒼い色をしている。そして、それを口につけて少女は吹いた。なんとも不思議な音が出る。

 この小屋に移り住んでからは、音楽など全く聴かなかった。昔住んでいたところでは、それなりに聴いてはいたが、少女の吹く曲は、新鮮で、聴いた事もなかった。どこか他の国の曲だろうか。あぁ、なんて気持ち良いのだろう。

 バタッと、ソレットは倒れてしまった。そしていつの間にか、カトリーヌも寝てしまっている。

 少女は、ソレットをベッドに寝かせ、毛布をかけると曲を続けた。




 ソレットは次の朝、物音で目を覚ました。
 何が起こったのか最初わからなかったが、しばらく考えてようやくわかった。あの後、寝てしまったのだ。

 ソレットは反射的にカトリーヌの寝ているところに目をやる。少女の言ったとおり、カトリーヌは重い病気にかかっていたのだ。医者からは、今日が山だと言っていた。だから、もしかして——。

 しかし、カトリーヌは今まで見たことのないほど、安らかな寝顔でスヤスヤ寝ていた。今まで、この病気のせいで寝ているときはずっとうなされていたというのに。痩せこけていた頬も、心なしかふっくらして見える。

 まさか。ソレットは慌ててカトリーヌのベッドを剥いだ。布団で見えなかったカトリーヌの体には、蕁麻疹が体中にあったはず。しかし、カトリーヌの体は、病気にかかる前と同じ、きれいな肌をしていた。


「ソレットさん。彼女はもう大丈夫だと思いますが、今日一日は安静にしてくださいね」


 いつの間にか、少女は自分の荷物をすべて片付けていた。重い重いリュックを背負う。と、ソレットのそばへ寄る。


「まさか——カトリーヌの病気を治してくれたの?」

「はい。治せるところは、すべて治しました」


 当たり前だと言う風に、少女は答えた。


「一晩、泊めてもらったお礼です。あ、あのペンダントはさすがにもらえないので、机の上にあります。カトリーヌちゃんには、よろしく言っといてください」


 そしてそのまま家を出ようとする少女を、ソレットは慌てて呼び止めた。


「あなた——。一体、何者なの?」


 少女はそれに笑顔で答えた。


「通りすがりの吟遊詩人、レミです」



 そして、起きたばかりの太陽の光りを浴びて、少女は家を後にした。