ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 禁忌現実-The Fantasy to Exist- ( No.30 )
日時: 2010/03/13 12:23
名前: 付喪 ◆29ayQzCLFo (ID: YpJH/4Jm)

08〆

 この光景を作り上げた当の本人、アリスは倒れた人間達のことなど意識の内にないらしい。複写(コピー)だから良いと思っているのだろうか。まあ気にしているのだったら、最初から魔術で刺したりなどしなかっただろうが。
 アリスは(メイスだの杖だの四次元じみた)マントから、黒い柄の両刃のナイフを取り出す。近代西洋儀式魔術などで使われる『アサメイ』という物だが、魔術の素人である刀哉はそんなことはまったく分からない。変な文字が刻まれた、オカルトチックなナイフにしか見えない。
 アサメイを右手で軽く握り、何も無い空間を縦一閃。すると不思議な事に切れ目が入り、隙間が出来た。隙間の先には同じように街が続いており、細い隙間も徐々に開いていく。

「本物の世界との境界線である此処に切れ目を入れれば、貴方を元の世界に帰すことが出来る。私はやる事があるから此処に残るけれど」
「……そっか」

 元の世界に帰りたくないわけじゃない。でも、この少女との別れがどこか名残惜しかった。チラリとアリスの方を見ると、自分とは違ってアリスにはそんな様子は微塵も無い。それも仕方無い、何せ刀哉とアリスは出会って一時間も経っていない赤の他人なのだから。
 だが、赤の他人でも刀哉は自分を助けてくれたアリスに感謝している。

「……なあ、アリス」
「……何」

 初めて名前を呼ばれ、アリスは少し途惑っているようだった。これがアリスの名を呼ぶのは、最初で最後だろうと刀哉は思う。
 刀哉は言った。

「俺を助けてくれてありがとな」
「……私は仕事だから助けただけだけど、それでも貴方は同じことを言える?」
「ああ、お前がどんな理由であれ俺を助けてくれた事に変わりはないからな」
「……そう」

 アリスの表情はまったくの無表情。だけどどこか照れているように刀哉は思えた気がする。
 隙間が開いていき、アリスとの別れが近づく中刀哉は続ける。何かの足音が聞こえた気がしたが、気にせず続ける。
 
「俺は何も出来ないから——フレデリークの奴も助けてやってくれ、俺を助けた時みたいに」
「……分かった」

 アリスはいつも通り(と言っても出会って一時間も経っていないが)平淡に言った。
 隙間が丁度刀哉が入れるくらいにまで開いた。アリスは何も言わず、刀哉を見ると視線を隙間の方に移す。

「じゃあな」

 刀哉は別れの挨拶を告げた。だが当のアリスは何処か難しい顔をしている。最後くらい笑って欲しかったな、と思いながらも刀哉が隙間に足を踏み入れようとした、その時だった。
 横にいたアリスが、思いっきり刀哉を突き飛ばした。避ける事が出来ず、吹っ飛ばされた刀哉は地面を転げ回る。

「……ってえ、何なんだよ一体……」

 返事は、ない。刀哉はぱんぱんと手で埃を払いながら顔を上げる。
 そこには背中を大きく切り裂かれ、片膝をついているアリスがいた。

「……え?」