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Re: 禁忌現実-The Fantasy to Exist- ( No.31 )
日時: 2010/04/02 09:39
名前: 付喪 ◆29ayQzCLFo (ID: YpJH/4Jm)

09〆

 刀哉が感じたのは、驚きではなく戸惑いだった。
 アリスはやはり無表情だが、顔にはどこか苦痛の色が感じられる。傷口からは赤い液体が溢れ出し、アリスの白いマントと綺麗な銀髪を赤に染め上げられていた。
 何故こうなったのかと刀哉が辺りを見渡すと、アリスが傷を負っている事で頭がいっぱいで気づかなかったが、アリスのすぐ後ろには包丁を持った一人の男がいた。——腕や足には、光の槍が刺さっていた。

「てっ……めえ!!」

 胸の奥から突如怒りが込み上げてきた。おそらく操られているのだろうという事は分かる、しかし殴らなければ怒りが収まらなかった。
 右手を強く握る。半分我を失った事にも気づかず、男の顔面を殴ろうとした時のこと。

 アリスが無理をして立ち上がり、刀哉の身体を残った力の限りで突き飛ばす。

 力はあまり残ってないようで、弱々しい押し。しかしまさかアリスが立ち上がるとは思わなかった刀哉は、驚きのあまり力が抜けそのまま倒れた。
 次の瞬間、肉体を切り裂く斬撃音。倒れ付した刀哉の横には、赤い液体が点々となっていた。
 後ろの状況がどうなっているかなんて分かっている。でももしも? もしも今のが男ではなく何とか立ち上がったアリスなら?
 ある筈がないであろう期待を抱きながら、ゆっくり振り返るともう一度背中を切り裂かれ、うつ伏せに倒れているアリスの姿。そしてアリスを見下ろすのは、鋸を持った男の姿。鋸は赤い液体で真っ赤に染まっていた。茂みにでも隠れていたのか、この男にも身体のあちこちに光の槍が刺さっている。
 瞬間、刀哉は冷静さを取り戻した。相手は包丁を持っており、あのまま突っ込んだら今倒れていたのは間違いなく自分だという事に気づく。
 恐ろしくて、声も出なかった。

「……多分……、迎、撃術……式が……動かない駒を……無理、矢理、動かした……んだと、思う……。それこそ、操り人形(マリオネット)みたいに……強制的、に……」

 声が聞こえた。今にも意識を失いそうな、アリスの声が。喋れば余計傷口は開くだろう。だが止めたくても刀哉の口が動かない。

「それ、にても……迎撃術式が……気配を消す、ことまで……プログラムに……入れてる、とは……思わな、かった……。貴方は、早く帰って……」
「……っ、でも」

 ようやく刀哉の口が動いた。けれどもすぐにアリスの言葉に遮られる。

「いい、から早く……」

 傷口からは、どくどくと赤い液体が溢れていた。アリスの髪が、服が、真っ赤に染まっていく。とても見ていられるものではなかった。
 アリスを助けなければ、そう思った。だが、アリスの訴えるような目を見て——。

「…………」

 助ける事なんて、出来なかった。アリスの訴えるような目に耐えられなかったのもあるが、それ以前に凶器を持った男達への恐怖から。
 刀哉は切れ目に足を踏み入れる。出る時、少しだけ後ろを見た。アリスの姿が、見えた気がした。
 刀哉が出ると、切れ目は閉じていった。閉じた先には凶器を持った男の姿もなく、うつ伏せに倒れているアリスの姿もなく、女子高生同士の戯れや忙しく歩くサラリーマンの姿が見えた。刀哉の知っている、ありふれたごく普通の世界が見えた。

「……っ」

 一人の少女を見捨てて、帰ってきた少年の世界がそこにあった。