ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 禁忌現実-The Fantasy to Exist- ( No.46 )
- 日時: 2010/03/29 15:00
- 名前: 付喪 ◆29ayQzCLFo (ID: YpJH/4Jm)
〆13
最初にわざわざ本名を名乗るか名乗らないか聞いてくれたのに、それを名乗らないでいいと言っておきながら今更こんな事を聞くのもどうかと思うが、どうにも偽名臭い少女の名が思い出せない。もう一度聞くなら偽名臭い名前より本名を聞いておこうという事だ。
相手の少女はこんな我が侭に対し、嫌な顔一つしない。優しい、というよりは単にどうでもいいだけな感じがする。
「……イヴ、と申します。次、貴方が忘れても名乗る事は無いのでご了承下さい」
「イヴな、分かった」
少女——イヴも流石に三回目名乗る事はないようだ。はっきり言うイヴに刀哉は少し苦笑する。
本名を聞いたところで、刀哉は改めて先程言いかけた事を言った。
「お前が情報屋で殺し屋の魔術師という事を仮定するとして、そんな奴がどうして俺なんかのとこに来るんだ? 確かに魔術師とはちょっと面識あるけどさ……」
イヴは答える。
「貴方に興味があるからです、泉井刀哉」
刀哉は何を言われたのかよく分からなかった。言葉自体ではなく、その意味が。イヴとは初対面であり、会話をするのは勿論顔を見るのも今日が初めてだ。そんな自分が殺し屋の魔術師というイヴに対して、興味を持たせ家にまで来させるような真似をしたのだろうか?
イヴを見て、黙って次の言葉を待つ。イヴは一息つくと、再び口を開いた。
「正確には貴方に興味を持っているのは私ではなく、別のある方なのですが」
それを聞いてイヴが自分に興味を持っているわけではない事に、ほっとするのとは別にどこががっかりしたような気もする。殺し屋を兼ねる情報屋という物騒な職業でも、やはり美少女に興味を持たれたいというのは悲しい男の性なのか。
だが自分に対して興味を持っているのがイヴではないとなると、新たな疑問が湧く。情報屋かつ殺し屋の少女を向かわせてまで自分を知りたい人物とは、果たして一体誰なのだろうか?
刀哉が考え込んでいると、イヴは「はあ」と溜め息をつく。疲れたというのではなく、残念そうな感じの溜め息。
「マスターが興味を持たれるとは一体どのような人物かと少し期待していたのですが、所詮この程度の存在でしたか。他人レベルの少女が死んだくらいで、ここまでふさぎ込むような」
イヴの言った事は刀哉の急所を的確に突いた。図星だ、自分でも分かっている。しかしそれと同時に何処かカチンときた気がする。とある少女を『他人レベル』と言われた事が。
だけど反論する言葉が見つからない。実質周りから見れば出会って間もない、しかも少女との出会いは「ついで」に助けられたという程度の事でしかないのだから。
刀哉が反論をするどころか睨みつけるすら前に、イヴは興ざめだとでも言うかのように軽く一瞥すると、入ってきた窓の方へと去ってしまう。
去り際にイヴはこう言った。
「『自分には何も出来ない』——所詮その程度の存在にはその程度の選択肢しかない、という事なのですね」
急所を突くどころか、ぐさりと刀哉を貫いた。
強い風が吹いて、カーテンがばあっと浮き上がる。風が止んだ時にはイヴはもうそこにはいなかった。まるで虚空に消えてしまったかのように。
「…………」
去り際のイヴの言葉が、どうにも脳から離れない。
「くそっ!」
ベットから下りて乱暴にドアを開ける。イヴの言葉を振り切るように、刀哉は部屋を出て行った。