ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 禁忌現実-The Fantasy to Exist- ( No.68 )
日時: 2010/04/04 20:03
名前: 付喪 ◆29ayQzCLFo (ID: YpJH/4Jm)

〆17

 イヴと名乗った少女は言い終えるやいなや、見た目十二、十三歳程とは信じられないスピードで真っ直ぐこちらに突き進んでくる。互いの距離は約二十メートル弱。距離をどんどん詰めてくるイヴに、何となくともこんな感じになるだろうと予想していた茉莉はさっと、右手に忍ばせていた札の一枚をさっと手裏剣を投げるように飛ばした。

「いくで! 出番や貪狼(たんろう)!!」

 茉莉の投げた式神がぼんっ、とややコミカルな音を立てて煙を出したかと思えば『札』だった筈の物は、獲物を狙って目を光らせる獰猛で巨大な狼と化した。ハッタリなんかではなく、今にも目の前の獲物を食い千切らんと唸りを上げる正真正銘狼だ。正確に言えば種類はハイイロオオカミである。
 冷淡にも刃を向けたイヴも獰猛な狼を目の前にし、思わず走るのを止め立ち止まった。しかし貪狼を見上げる顔には、恐怖や怯えの色は一切見えない。

「あんた、イヴ言うたな……。何でこないな事するん? それにあんた……何者や? 妖気感じられへんし、妖怪ではないやろうけど……」
「私は貴女の中では化け物扱いされていたのでしょうか? 私はれっきとした人間ですよ。……まあ少々他の方とは作りが異なりますが」
「じゃあ何なんや? 陰陽師ちゃうよな?」
「はい、俗に言う“魔術師”という者です」
「魔術師……?」

 何よりも真っ先に、こいつは何を言っているんだろうという思いが頭に浮上してきた。何かの宗教の京都だろうか?
 茉莉が怪訝そうにイヴを見ていると、イヴは、

「陰陽師は信じるのに、魔術師は信じないのですね。陰陽道も言ってしまえば魔術の一種でしょうに。つまり貴女は見方を変えれば魔術師でもあるのに、その存在を信じないと……」

 冷たい視線で茉莉を見ながら淡々とそう言った。
 イヴにしては真面目に言っているのだろうが、魔術師、そもそも魔術の存在を信じないというか、いまいち現実味が掴めない茉莉には意味がよく分からない。
 とにかく何故イヴが自分の命を狙うような事をするのか機構と、茉莉が口を開きかけた途端イヴがとんっと地面を蹴ってそのまま高く飛ぶ。全長三メートル強の貪狼さえもハードルを飛ぶように軽々と越えて。
 (何ちゅー身体能力なんや……)
 本当に人間の少女なのかと疑ってしまう。
 唖然とイヴを見上げる茉莉に向かって、イヴは真っ直ぐダガーを振り上げる。が、振り下ろす直前我に帰った茉莉は慌てて右に回避。イヴのダガーは宙を裂く。
 しかしまだ終わってはいない。

「っ!」

 イヴは振り下ろした状態から、茉莉を狙って今度は素早く横一線。これも何とか間一髪更に横に下がる事で避ける。とある少年からは似非と言われているが、これでも本物の陰陽師なのだ。今まで強さはそれこそバラバラだが何百匹もの妖と戦ってきた祭りは、中々戦闘慣れしていた。
 もしこの空間が本当に闇の世界なら、相手の姿を捉える事さえ出来なかったかもしれないが、この空間は『夜闇』に切り替わったというよりは、よくよく見れば色がモノクロ一色になった世界であった。その事に茉莉は深く感謝する。
 イヴが体勢を立て直すより早く、茉莉は更に札を取り出す。

「式神! 禄存(ろくそん)!!」

 貪狼と同じく筆で何か書かれた札を一枚取り出し、その場で発動させる。
 札は一つの太刀(たち)となり、それをすぐさま手にした茉莉はすぐさまイヴへと振り下ろす。

「舐めない下さい」

 カキン!と勢いのいい金属音。茉莉の太刀とイヴのダガーがぶつかり合った音だ。互いの武器がぶつかり合う中、茉莉は問いかける。

「何でや、何で私の命を奪うような事するん?」
「…………」

 イヴは答えない。
 茉莉が苛立ってもう一度問いかけようとする寸前、イヴはぶつかり合っていた太刀をダガーで思いっきり跳ね上げる。

「……っ!」

 太刀を両手を使って振り下ろしていた為、太刀が飛ばされるのと同時に手もバンザイをするように自然と上に動いた。
 その隙を狙ってイヴは一瞬で距離を詰める。
 しまった、と思ったところで時既に遅し。
 ダガーを持っていない左腕で、茉莉に強烈なラリアットを食らわした。