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絶望を告げる幕開け ( No.2 )
日時: 2010/03/23 20:46
名前: 時雨 ◆fpcvJMKcxg (ID: LUfIn2Ky)

そのヒトはとても綺麗だった。
そのヒトとの思い出は、僕のぼんやりとした記憶の中でも特におぼろげで、顔なんてもう覚えていなかった。覚えていたのは名前と、とても綺麗だった、という曖昧な形容詞だけ。
あの人の名前は———

「シオーネ=フランシェスカ」
「……え?」
不意に、あの人の名前が聞き慣れた声で聴こえた。
「何だ。聞いてなかったの?私たちが倒すべき魔王の名前」
——その時、僕には、見慣れた幼馴染の妙に真剣な顔が、物凄く恐ろしいものに見えた。
……嘘だ。
「嘘だッ!」
誰に言うでもなくそう叫んで、気が付いたら宿を飛び出していた。
「ちょっと、レオ!?」
聴こえない。見えない。分からない。分からない。
——嘘だ。
——あの人が、魔王だなんて
——僕が、殺さなきゃいけないだなんて。

「何をしている?屑どもが」
聴こえたのは、記憶と同じ綺麗な声。
周りにいるのは、旅の途中で集めた仲間たち。
そこにいたのは、おぼろげな記憶の中では見えなかった彼女。
——嗚呼、どうして。
どうして貴女は、そんなに冷たい顔をしているの?
どうして貴女の隣には、哀しい顔をした貴女の半身がいるの?
「——僕が」
そこに、立ちたかったのに。
そう呟いた途端に自覚した。
—そうか、自分は、貴女が好きだったのか。




あの人は、私の記憶の中にいたあの人は、私が触れていいのかと、傍にいることを躊躇うほど純粋で、無垢なものだった。
そのヒトの名前は——

「レオ」

——そう、「レオ」だ。
私の一族の呪いを受け継ぐもの。そして、倒すべき勇者。
それから。
——私が、焦がれていたひと。
なのに、いつの間にか私の隣に立っていたのは自らの半身で。
「——僕が、そこに立ちたかったのに」
それは、ずっと耳を澄ましていなければ聴こえないような小さな声。
それが誰に向けられたものなのかは、考えずとも明らかだった。
「……さよなら」
貴方に焦がれていた自分。
それから、ずっと私が好きだった貴方。

絶望を告げる幕開け
(かみさまなんて、存在しない)