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Re: 腐った彼は、笑わない。 ( No.10 )
日時: 2010/03/27 23:14
名前: 宵子 ◆OKoRSyKcvk (ID: bL5odoON)

story−06 【腐ったリーダーは救われない】


 「つまりアレか」

 赤毛の男が、止まった時間の中で言葉を紡ぐ。
 目の前には、ナイフを構えた、敵である自分がいるというのに。

 「今俺にナイフを構えているのは———もしかして、チャンスが出来たから、という実に悪質極まりない考えからか?」

 止まった時の世界のはずなのに、赤毛の男の舌は流暢に言葉を生み出す。
 それが何故かなんて、ナイフを構えている今となってはどうでもいい。———男はすでに、内心で勝利の笑みを浮かべていた。

 「もしかして、ナイフだから勝てると思っているか?」

 ああそうさ、その通り。
 男はその言葉に、そんな思いをこめた視線で、赤毛の男を見つめた。

 「あのな」

 もう一度、赤毛の男に語りかけられる。
 赤毛の男はまだ上半身しか振り返っていない。
 自分はこうしてナイフを振りかざしている。なのに、彼からは恐怖が感じ取れなかった。表情が髪に隠れて見えないせいだろうか?

 「俺は悪が許せない。だから———」

 た、ん、っ———
 全てがスローになっているこの世界で、赤毛の男は完全に振り返ると。男は、男は———実に凶悪な笑みを浮かべて————

 「———ナイフなんて、低俗なもん……使ってんじゃねえよおおおおおおっ!!」

 赤毛の男が、“吠えた”。そして腹の奥底から咆哮をあげる姿を、彼は見た。
 次の瞬間、止まっていた時間が動き出す。
 時間が動き出した直後————男はいつの間にか、自分の腹を襲っている違和感に気づく。

 「……あ、れ……?」

 みちみちみち……っ……
  男はその時点では、自分の耳に届く音が理解できずにいた。ナイフは手にしっかりと握られている。しかしそれよりも早く、何かをされたということだけは理解出来てはいたのだが。

 体は、まだ宙に浮いたままだ。
 男は恐る恐る視線を自分の腹———異様な音がする腹部を——ちらりと見、そして———

 「うおっ……あがっ」

 ———地面に叩きつけられた。無論、赤毛の男の“脚力のみ”によって。
 赤毛の男は数秒前、その常人より長い脚で———襲い掛かろうとした敵の腹を“打ち抜いたのだ”。本来、蹴りにはそのような表現は存在しないのだが———赤毛の男の蹴りは、まさしくその表現に一番合っていた。

 「……ば……けものっ……」

 ぐわんぐわんと痛みに揺らされる脳内を酷使し、どうにか先程の情景を思い出そうと必死になるリーダーの男。芋虫のように体を這わしつつ、赤毛の男を罵倒しようとする。が、先制攻撃とばかりに、首根っこを掴まれ、無理矢理立ち上がらされた。
 
 「……っふぐっ……」
 「……だーれーがー化け物っつった? 後な、誰が勝手に寝て良いっつったんだよコラ、ああ?」

 無理矢理顔を近づけさせられ——そこでようやく、リーダーの男は赤毛の男の顔をまじまじと見ることが出来た。なのにリーダーの男は、表情を強張らせ、黙り込んでしまう。

 「……おっおおおおいいいいい……」
 「……あ? 話して良いって誰も言って……」
 「おっ……お前の“その目”……何なんだよ?」
 「あぁ?」

 赤毛の男は、リーダーの男の問いに、いかにも不機嫌だというような凄んだ声を発す。
 普通ならば、リーダーの男の質問は愚問のように思えるだろう。しかし、今回のこの時ばかりは、当たり前の質問のように思えた。
 なぜなら—————

 「……お前の、目……は……何で……何で“紅い”んだよおおおおおおおおおっ!?」

 ————月を背負った赤毛の男の瞳は、紅く、赤く染まっていたのだから。