ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 腐った彼は、笑わない。 ( No.13 )
日時: 2010/04/02 09:45
名前: 宵子 ◆OKoRSyKcvk (ID: zz4.lYYr)

story−07 【腐ったヒーローは語らない】


 「暴力について、どー思う?」

 クリーム色で統一された部屋の中心にいる青年は———そう話を切り出した。青年の下には、8人の黒服の男たちが気を失ったまま、重なり合って倒れていて、青年の椅子代わりとなっている。

 「世の中にはさ、被害者が悪いとか、加害者が悪いとか、そうさせて周りが悪いとか言う奴がいるけどよ」

 青年は、自分の下にいる男に語るような口調で話を進めていく。しかし、当然男たちは意識が飛んでしまっているので、青年1人の独白ということになっている。青年は顎に手をあてると、どこか間の抜けた表情でさらに呟いた。

 「俺が思うに——————結局、それらをどう判断するか、じゃねぇ?」

 しんとした部屋の中で、淡々と言葉を続ける。それはまるで、自分に問いかけているように見えた。

 「例えば、昔、人格が変わりそうなぐらい酷いことをされてきた奴が加害者だったら? ものすげぇマゾな奴がいじめを受けてたら?……あ、これは性癖の問題だから、除外か。まぁ、そう考えてみろよ。簡単に価値観なんて狂っちまうぜ?」

 そこまで一息に言った青年は、ほっと息を吐いて身体を脱力させた。そして、その締まりのない顔で、へらりと笑み、口を開く。

 「……と、ゆー訳でさ。俺がアンタらを殴ったのは、しょうがないと思わねー?」
 「そんな考え、言い訳の端くれにもならないと思うわ、遊馬(ゆうま)」

 突然、独り言に介入してきた人物は————青年・遊馬に、冷たい言葉を投げかけた。その人物に遊馬は驚きもせず———まるで、最初からいたことを知っていたかのように、視線を向ける。

 「つれないなー、杏子(あんね)。昔はもっと可愛げがあったのに」

 溜め息混じりに呟く遊馬の顔には、からかうようや意地の悪い笑みが張り付いていた。

 「うるさいわね、昔のことなんて覚えてないわ。……それより、少しやり過ぎなんじゃない? 部下に片付けさせるから、そこ退いて」

 杏子は明らかな嫌悪を顔に出すと、ぞろぞろと入り口から入ってきた白衣姿の男達に、次の行動を促した。白衣の男達は、無言で8人の男達を、等身大の麻の袋に押し入れ始める。

 「おーおー、この侵入者たち、どーすんの? 拷問? サディスティック?」
 「……貴方みたいな、低レベルの残念な思考回路と一緒くたにしないで頂戴」
 「げふん。まー恐い、杏子ちゃんったら! ……さすがこの都市を牛耳ってる————帝見グループの最高権力者の、帝見杏子お嬢様であられますこと」

 と、遊馬はまるで執事のように恭しく一礼してみせた。その様子にかちんときたのか、杏子はぴくりとこめかみを引きつらせ、棘棘しい物言いをする。

 「……黙りなさいよ、モルモット、ナンバー0138。別名、遊馬。何、また戻りたいの? …………あの弱かった昔の貴方に」
 「………………」

 杏子の言葉に初めは大人しく耳を傾けていた遊馬だが————後半になるにつれて、その笑顔が凍りついていった。そして、その言葉に長い沈黙で答えてみせると———ガラス張りの天井から見える、月を仰いで苦笑する。

 「冗談じゃねぇっつーの。あんな悪夢、こっちから願い下げだぜ? そんなの、アンタが一番よく分かってるんじゃねーの? ……杏子ちゃん」
 「……だから、やってるんじゃない。父さんの研究を、私が引き継いで。……あの……プログラムHALを……っ!!」

 苛立ちを隠さずに、杏子はそう言い放つと、ドアへと向かう。その後姿に、遊馬はいつもは見せない動揺と焦りを見せ———声をかける。

 「おいっ! だからそのプログラムは……!」
 「うるさいなあっ!!」

 いつも以上に激昂している杏子に、遊馬は絶句する。そんな遊馬を、杏子は一度も振り返らずに、歩みを進める。そして—————弱弱しく、憎憎しげに言葉を紡いだ。

 「逃げた奴なんかに—————とやかく言われたくないよ。……遊馬」

 最後に呟かれた“幼馴染”の声を聞き—————遊馬は静かに、瞳を伏せた。

 (……ああ、狂ってら。……アイツも、俺も)