ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 腐った彼は、笑わない。 ( No.5 )
日時: 2010/03/26 19:50
名前: 宵子 ◆OKoRSyKcvk (ID: zbywwA5R)

story−04 【腐った社長は笑わない】


 さて、ここで僕について説明しよう。
 僕の名前は篠紫野(ささしの)。高校2年生だったり。……巷では精神年齢だけがやけに高いガキだと評価されている(らしい)。
 
 「なあ、篠紫野」

 げしっ。
 迷の足の裏が、資料整理をしている僕の背中を押す。
 背中から匂う、ほのかに甘い香り。そしてもふもふという擬音から、迷がフォーク片手に名前を呼んでいることが察することが出来た。

 「おいってば」

 と、背後から迷に話しかけられること2度目。
 さすがに偉そうにし過ぎだろうと思えたので、それを無視したまま、手元の資料をナンバーごとに整理する。
 えーと、これがこれでそれは……と。

 すると、つんつんとまたつま先で背中を突かれた。振り返ると、突然口の中に何かを押し込まれる。熱く、そして甘い香りが口の中に散布された。

 「……っつ!?」

 突然の口内強襲に対して、僕は目を白黒させる。
 喉元を過ぎれば熱さ以下略。ごくりと熱いそれ——ホットケーキを飲み込むと、ほっとようやく一息つく。
 涙目のまま振り返ると、ソファーで優雅な雰囲気を醸し出している、にやにや笑いの上司が視界に飛び込んだ。

 「……ホットケーキ、くれるんなら一言欲しかったんだけどね」
 「平社員は黙って上司が与えるものを貰ってろ、それとも何だ、ん? お前は俺に行動の制限をするほどの権力を持っているとでも言うのか?」

 いつものような傲慢な態度をとりつつ、迷は僕の作ったホットケーキを頬に詰め込んだ。
 もふもふと咀嚼され、ごくりと飲み込まれたホットケーキ。そのホットケーキの行方はどうでも良いとでも言うかのように、迷はフォークと口だけをフル活動させていた。
 口がハムスターのようになっている迷を横見しつつ、僕は大きなため息をついて、その様子を眺め始める。
 僕の視線を感じ取ったのか、迷はフォークの端を唇で挟んだまま、

 「ん? 何だ、欲しいのか。平社員」

 と言い、一口大に丁寧に切られたホットケーキを僕の目の前に翳した。
 そんな何処か子供っぽい動作を目で追いながら、この上司について思想する。

 病葉 迷。
 僕を「拾った」張本人。
 勘違いされてる人のためにも、ここで一応言っておくけど、迷はまごうとなき女の子である。
 茶色に染めた、腰辺りまで伸びたツインテール。主に深紅で構成されてあるブレザーと、膝上の深緑のチェックのミニスカートと黒のニーソックス。
 その女子成分プラス、この上司は顔だけは可愛いときてるので、この性格の悪さは余計タチが悪い……。
 そんな、美少女という数少ない長所も、自分のことを俺と言ったり男らしく行動したりと、様々な原因のせいで台無しになっているけどね……。
 そして彼女は今現在15歳である。本来ならば中学校で勉学に励んでいる年齢なんだけど、迷の事情は特別で————まあ、その辺の説明はまた今度。

 「おいってば、平社員」
 「ぐへひゅっ」

 額にフォークを突き立てられたと理解するまでに、悶絶と床を転がる時間を合わせてたっぷり2分はかかった。
 幸い血は出てないみたいだけど、しっかりと、フォークの先の痕がついている。
 ソファーでくつろいでいる迷に向き直り、自身の額を人差し指で思い切り指差しながら、詰め寄る……!

 「フォークで息の根が止まったらどうする!」
 「気持ち悪い顔で俺を見てたお前はどうなんだ!」

 僕の言葉に逆切れした迷と一緒に、2人して、睨み合う。
 そんな耐久戦が1分程続き、やがて迷の方が根負けして呆れた表情をしてしまった。

 「……はあ、馬.鹿らしい。食い終わったから、その皿片しておけよ……」

 こめかみに手をあてたまま、迷は自分の書斎へ戻る。少し満足気そうなのは気のせいだろうか。

 「はいはい。おやすみ」
 「寝ねーし。仕事があんだよ、平社員。お前もさっさと与えられたノルマはやっとけ。やっとかねーと……」

 ガシャン。

 いつのまに目の前に接近していたのだろう、僕の目の前に上下二連銃身の小型拳銃———デリンジャーの銃口が、僕のフォーク痕の残る額に押し付けられていた。
 ざあーっ。
 体中の血が止まったように、顔から血の気がひいていく、音。

 「……ヤ、るから。そこんとこ———」

 よろしく、と大あくびをして迷は言った。
 僕がその言葉に何度も大きく頷くと、にやりと笑って背を向ける。

 「じゃあな、平社員」

 ばたん。

 小さな背中が扉の向こうに消えた。
 呆けた僕の前には、ほんの少し蜂蜜がついた皿に、「砂糖が足りない」と油性マジックで殴り書きがされたコップが残されていたのだった。


 「…………おい、油性って落ちないんだぞ」