ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 腐った彼は、笑わない。 ( No.8 )
- 日時: 2010/03/26 20:03
- 名前: 宵子 ◆OKoRSyKcvk (ID: zbywwA5R)
story−05 【腐った正義は許さない】
人間が宙を舞うところを見るのは、その時、男は人生の中で最初で最後だろうと感じた。
時計の針はすでに深夜を指しているだろうこの時間。
本来ならば家に帰っている時間に、何故その時男がいたのかなんて、男にとっては愚問だった。
何故なら男は、この東京の新宿を拠点とした暴力団の一員だったからだ。
一員とは言えど、彼はその中でもリーダーと呼ばれる、力をある程度持った人間。その為、上の人達から何人か子分のような人間を付けて貰っていたのだ。
———どしゃっ。
さて、と虚空に彷徨っていた男の意識は、砂が崩れ落ちるような音によって、眼前の事態に向き直された。
視線を自分の周囲に巡らすと、およそ10分前には笑いあっていた仲間たちが、体中に痣や傷を残している姿。その中でも、現在口をだらしなくあけたまま気絶している男は、一番気を許せる人物だった。
しかしそいつも、今となっては自分に何も答えてはくれない。
もう一度見回す。……その数、全て数えてると18人。
———いや、どしゃりと音を立てて今、新たな被害者として19人目の子分が地面へと沈んだ。
自分以外の全員がやられてしまった。
そう思う男の心中は。恐ろしいほど冷静だった。……それは驚愕からか、それとも。
——ビルとビルの隙間から射す、月の明かり。
男はその光で照らされている19人目の——かつて彼が横中と呼んでいた子分——の顔を見て、固まる。
そして考えた。
先ほどの19人目の始末が終えられた時点で——自分以外の下っ端はやられてしまった。後残るは自分のみだと。
————何だよ……何だよッ!?
そこで男はようやく自分の置かれた状況を理解し、焦りだした。
——パニックに陥った男が一番初めにとった行動は、とにかく現状を把握しようと、男はその無精髭が生えた顔で、周りを見回すことだった。
何故こんなことに?———確か、俺等が気持ちよく飲んでたとこに変な奴が来て……突然ぶん殴られた、からだと思う。
周りに散らばって動かない子分を見ながら、自問自答を繰り返す。
俺が居る場所は?———いつもの俺等が溜まってる廃ビルじゃねぇか。
じゃあ足元に倒れてるのは?———俺の子分だ。
じゃあ———誰がやった?
———男は、この状況を作り出した本人を見ようとし、垂れていた頭をゆっくりと上げた。
月光で明るい廃ビルの2階。きらり、と割れたガラスの破片と、彼らの血溜りが鈍く光り——
「……ひ、ひいっ……」
———そいつは影を纏いつつ、そこに存在していた。
各負傷を負った集団の中心に———その男は立っていた。男1人だけが立っていることから、この状況を作り出した本人であることは、どこからどう見ても明白である。
赤い髪に、すらりとした長身。そして右頬を彩る派手な竜の刺青。
それだけでも目立つというのに、合わせてサラリーマンが着るようなスーツにじゃらじゃらと金属のアクセサリーを付けて、お洒落に着崩している。
……まぁそのスーツも、先程の戦闘によってか、少し血で汚れていた訳だが。
赤毛の男は、鬼のような形相のまま、鋭い眼光で、リーダーと思われる男を射抜いた。
その眼光にに、リーダーの男は体を強張らせ———ぶるぶると震えだした。
沈黙の中、かたり、と男が一歩を踏み出す。
———やばい、殺.される、かも……!?
危険を察知し、リーダーの男はみっともなく口から唾を飛ばしつつ懇願した。
「た、頼む……金ならやるから……やるから……! ゆ、許ひてひゅ……じゃなくて許ひて、くだひゃい……!」
少し噛んでしまったが、リーダーの男は必死になって言葉を紡いだ。そんな男の様子を見ていないのか、赤毛の男はずんずんと男と自分の距離を詰めてくる。
———たんっ、
赤毛の男は最後の一歩を踏み出し———リーダーの男の目の前に立った。その瞬間、男の体を恐怖が支配した。
———何か何か何かすんすんのんのかよよ!?
男が混乱した脳内のまま、自分の末路を考え、泣きそうになりながら赤毛の男の行動を見る。
と、赤毛の男は、じろりとその男の顔を覗き込み、一言だけ声を出した。
「……ぽい捨ては、禁止だろう?」
「……は、はぁ……?」
曖昧に頷き、赤毛の男の手をよくよく見ると、何故か自分達が飲んでいたビールの空き缶が潰されているのが目に入る。
———何だ、それだけかよ……!
男はほっと安堵すると、こくこくと大きく首を上下に動かしながら、その空き缶を赤毛の男から受け取った。
「ふぃー、じゃ。俺はこれで」
え? それだけ?
そう思わせる程、赤毛の男は来た時と性格が180度変わったように、すんなりと何もせず帰っていった。 ……来た時は怒り狂った様子で、突然隣にいた子分のこめかみををぶん殴ったというのに。
くるり、と赤毛の男が背を向ける。
その瞬時、リーダーの男の脳内に、チャンスという勝利ともとれる言葉が浮かび———男はそれを、実行に移し————
———パーカーのポケットから、使い慣れたサバイバルナイフを取り出す。シャキン、と刃を出すと、刃物特有の雰囲気を、背中越しに感じる。
笑っている膝を無理矢理押さえつけ、ゆっくりと立ち上がり、ナイフを構える。敵はこちらをちらりとも見ないまま、悠々と煙草に手をつけようとしている。
「————あ、そう言えばさ……」
赤毛の男が、思い出した様に呟くと、歩き出そうとした足をとめる。
そしてリーダーの男を振り返った時。
「……こンの野郎っ……!」
……リーダーの男はすでに赤毛の男にナイフで飛び掛っていた。
そんな風景を見て、煙草をぽろりと取りこぼす赤毛の男。
大きく目を見開き、こちらの右手に構えたナイフをぽかんと見ている。
その姿は、リーダーの男にとって——先程仲間をいとも簡単に捻じ伏せた者としては、随分間抜けな表情に見えた。
「————し、ねぇ——— 」
……次の瞬間、雷撃のような轟音が、男の耳をつんざいた———。